第12話 智将篠原長房4

 三好義継、足利義栄よしひでの推戴を決定。

 篠原長房、足利義栄を伴い、阿波より摂津に渡海。

 この報せが畿内を駆け巡るや、状況は一変した。

 図らずも和田惟政これまさを守る格好になっていた六角義賢が足利義栄支持を発表し、和田領に襲い掛かったのだ。あまりの兵力差に、和田惟政は覚慶かくけいらを連れて若狭へと逃亡した。

 次に、義継の将軍弑逆しいぎゃくを非難していた河内守護畠山高政が突然弟の昭高に家督を譲って出奔してしまった。高政は若狭へ向かう覚慶に合流したという。

 足利義栄は摂津と山城の国境富田とんだの街に入ったという。富田は、かつて継体天皇が越前から畿内に進軍したとき、最初に拠点にした場所の一つである。高槻城の近くにあることから、高槻城主の入江元秀も三人衆の側に付いたと見てよいのだろう。

「畠山高政が去ったのは痛い」

 多聞山城に帰ってきた久秀は息子の久通にそう漏らした。

「いや、高政殿は覚慶様に合流されたのでしょう? ならば残った畠山家は我らの味方とみてよいのでは?」

「それは違うな。高政は日和ったのだ。わしが勝ち、覚慶様が将軍となれば、高政は覚えもめでたかろう。だが義継が勝ち、義栄様が将軍となれば、河内畠山家は存亡の危機となる。そこで、すでに覚慶様方であることが明らかな高政が国を出て、河内に残った者が義栄様を支持すれば、どちらが勝っても河内畠山家は安泰であろう? なれば昭高は敵よ」

「いや、お待ちくだされ、父上。それならば畠山家は義継に味方したいという積極的な姿勢ではなく、敗色濃厚な我らに付きたくないという消極的な考えということになりませぬか?」

「同じことではないか?」

「いえ。違います。三人衆が我らを攻めようとする時に、昭高殿が三人衆に援軍を送るか、単に三人衆の進軍の妨害を行わないだけで日和見に徹するのか、それだけで我らの生存率は大きく変わります」

 確かに。籠城する城を落とすには三倍の兵力が必要だとよく言われている。三好・篠原・畠山連合が組まれれば、三倍の兵力など簡単に捻出できる。だが畠山が兵を出さずに様子見していれば、三倍の兵はまず用意できない。

「しかし城が落ちないというだけでジリ貧になろう。城に籠っても誰かが援軍を送ってくれなければ、ただただ滅亡を先延ばしにするだけに過ぎぬのだぞ?」

「援軍は期待できるではありませんか。覚慶様は若狭に逃れたのでしょう? 若狭守護武田義統よしむね殿はお味方です」

 久通が言うが、久秀はため息をつく。

「武田義統じゃと? あれは暗愚そのものの男で、とても三人衆の相手など務まらぬ」

 久秀が言うと、久通はポンと右手のこぶしを左の掌に打ち付けた。

「そうか。父上は隠居なされて、天下の情勢をご存知ありませんでしたな。若狭武田家は先ごろ、越前朝倉家に臣従したのですよ」

「何? 朝倉家?」

「はい。なれば武田義統殿がお味方ならば、朝倉家もまた味方。北陸の京と呼ばれるほどに国を富ませていると噂の朝倉家が来たならば、三人衆を蹴散らせるやもしれませぬ。時間を稼ぎ、滅亡を先延ばしにすることには大いに意味があるのです」

 久通の言葉を聞きながら久秀は棚に飾った九十九髪茄子つくもなすを見た。あの朝倉宗滴そうてきが亡くなってまだ十年。まだまだ宗滴の薫陶を受けた兵も多かろう。希望を抱いてもよいのであろうか。


 久通は早速高屋城を訪れ、畠山昭高に、「三人衆に援軍を出さず、せめて状況を見守るだけにしてほしい」と頼み込んだ。この説得は功を奏した。元々昭高としても兵を出すのは望ましいことではなかった。兄から敵味方に分かれるよう指示されても、やはり兄とは戦いたくはないという感情があったのだ。

 しかし新たに三人衆に味方しようとする勢力もあった。筒井城主筒井順慶じゅんけいだ。父順昭が亡くなった後、大和に侵攻してきた久秀に対する恨みは深い。こちらを説得する術は存在しない。

 久秀は多聞山たもんやま城に三千、信貴山しぎさん城に二千の兵を入れて守りを固めていた。筒井が三人衆に合流したことで、三人衆、篠原、筒井連合は九千の大軍となり、畠山抜きでも多聞山城の三倍の兵が集まり、ついに三人衆たちは多聞山城を包囲し、久秀は包囲の中で永禄十一年の正月を迎えることとなった。

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