第9話 智将篠原長房1
「
「堺にございますか? やはり修理大夫様と義母上の墓所をあ奴らに渡すわけには参りませぬからな」
「たわけ。そのような感傷的な理由ばかりではないわ。河内も大和も内陸国。海を取らねば勝ち目がないからよ。それに堺は城のように守りが堅い。三人衆に比べて兵の数に劣る我らが籠って戦える港など堺以外にあり得ぬ」
久秀はそう言ったが、久通の言葉に図星を突かれたのも事実だ。思えば自身にそんな感傷的な理由がなかったとはとても言い切れない。
数に優る三好軍であったが、松永方が拠点とした三か所を攻めあぐねることとなった。一年半が過ぎ、永禄十年になっても、堺も、信貴山も、多聞山も健在であった。
「ええいっ! たかが二城の主相手に何を梃子摺っておるのか!」
義継が三人衆を怒鳴りつけた。久秀が離反しようとしていたとき、義継があっさりと見逃したのは、久秀を苦しめるためもあるが、簡単に勝利できると踏んでいたためでもあった。戦とはそんな単純なものではないことを三人衆は知り尽くしている。だからこそ三好政勝はあの場で久秀を斬り捨てようとしたのである。だが御曹司の義継は侮っていた。しかも義継はこれが自らの見通しの甘さが招いたことであると理解できていなかった。
それでも三好
「三好長治様に協力をお願いしようかと思うております」
三好長治は
「長治だと? 四国の田舎の軍勢が役に立つのか?」
義継は吐き捨てる。長逸は
(そなたも元は
と思うが、無論口にはしない。
「役立つのは長治様と阿波勢ではござりませぬ。長治様の元には、我が三好家第一の知恵者篠原長房殿がおられます」
「篠原長房とはそれほどの者なのか?」
「それほどの者です。しかし大事なのは、才覚そのものではござりませぬ。長房の才覚を弾正を含む畿内の誰もが知っているというところにあるのです」
そうして三好長治の本拠地である阿波
「一人で来られたのか?」
それを見て長逸が驚く。
「殿には軍勢を率いての渡海の準備を進めていただいております。まずは私一人で参った方が早いので」
その言葉に義継たちは胸を撫で下ろした。どうやら長治と阿波勢は、久秀ではなく義継に味方する意思を持っているようだ。
「私一人で参ったのは、戦いになる前に松永殿と話をする機会をいただきたかったからにございます」
「松永と話だと? そんな必要はない!」
「いえ、必要がございます。松永殿は三好家に必要なお方にござります。阿波勢が参れば、松永殿の勝ち目が薄くなります。我らが義継様に付いたことを知れば心変わりするやもしれませぬ。なにとぞ」
長房はそう言って義継に頭を下げた。
長逸にとっては、せっかく請うてまで来てもらった知将である。下手に突っぱねて機嫌を損ねられても困る。長逸は義継を見る。
「殿。篠原殿のなさること、間違いはござりますまい。ここは」
長逸がそう取りなすと、義継は好きにしろとばかりに手を振った。
「ありがとうござります」
長房は頭を下げた。
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