第3話 三好長慶の死2
九年前、弘治元年のある日のこと。
「凄いものを手に入れましたぞ! 御覧あれ」
久秀は摂津国
「どうした、久秀。ずいぶん騒がしいではないか」
「実は、かの高名な
久秀はそう言うと、九十九髪茄子を二人の間に置いた。
「これが! これがかの!」
実休は興奮気味に九十九髪茄子を見下ろす。
「しかしこれは朝倉
実休は九十九髪茄子から目を一瞬でも離すのが惜しいとばかりに、角度を変えて覗き込みながら、久秀に尋ねる。
「宗滴翁は先日亡くなられました」
久秀の言葉に長慶がぴくりと眉を動かす。名門越前朝倉家の柱石とも言える人物である。地方の一武将ではない、天下にも影響を与えるほどの名将だ。彼が生存しているか否かで、長慶の今後の天下の戦略にも関わってくる。
「なぜその情報を?」
長慶の表情から笑みが消え、真剣な表情になって、久秀に尋ねる。
「実は私、この九十九髪茄子を狙っておりまして、宗滴翁の側仕えとして、密偵を一人送り込んでおりました。それゆえいちはやくその死を知ることができたのです」
「なんと! ははは、弾正は強欲じゃのう。それくらいやっておれば、九十九髪茄子はわしのところに来たのかもしれなかったのか」
実休は悔しそうに笑う。
「いえ。あまりお勧めはできませぬ。わしは宗滴翁が七十歳になったときに、あと二、三年でその時が来るであろうと、ひと月一貫文の俸禄で潜入させたのでござるが、それから九年、購入費用とは別に、そ奴に百貫文も払わねばならなくなり申した」
「ぶははっ」
「強欲の果てに、より金を使うことになってしまったということか。これはいい」
実休が噴き出したのに釣られて長慶も笑い出す。
「して購入費用と申したが、そちらはどれくらい掛かった?」
「はあ、一千貫文にござります」
長慶の質問に久秀は恥じ入りながら答えた。
「なんだ! 千も払ったのであればあと百貫文くらい大したことないではないか」
「いや百貫文は大したことにござりましょう。他人事と思うて」
大笑いの実休に久秀は苦笑を返す。
朝倉宗滴は誰よりも賢く、誰よりも強い。それゆえに朝倉家宗家から常に警戒されていた。宗滴は警戒を解くために、子を作らなかった。
とはいえ朝倉家から与えられている役目である
ある日、九十九髪茄子を収めていた袋がほつれてきた。陶器は劣化しないが、布は簡単に劣化するのだ。宗滴は堺の商人に新しい袋を発注した。作るのに九十九髪茄子本体の見た目と大きさを知りたいということで現物を送ったが、その直後に宗滴は病死したのである。
預かっていた商人は困った。九十九髪茄子を一体誰に返せばよいのか。朝倉宗滴に子はいないから、子に渡すということはできない。後継者は朝倉景紀だが、彼はあくまで宗滴の地位を引き継いだに過ぎない。家宝まで引き継ぐわけではないだろう。と言ってかつての将軍の所有物を自分の物にするにはあまりに恐れ多い。
そんなところに九十九髪茄子が現在どこにあるかをただ一人把握していた久秀が声を掛けたのだ。商人は一も二もなく九十九髪茄子を譲ったが、値段はきっちり吹っ掛けてきた。
「ということは次にそなたが茶会を開くときは、九十九髪茄子が使われるということになるのか」
実休がふと気付いて身を乗り出した。
「まあそうなりましょ……」
「前にそなたと共に茶会をしたときは、わしの三日月茶壷と、そなたの
実休は食い気味に久秀に迫る。
「実休。少し落ち着け」
その様子を見て長慶がたしなめる。
「もう九十九髪茄子は久秀のところに来たのだ。逃げはせぬわ」
「そ、そうでしたな。いや、すまぬ、弾正」
「ははは。私も茶会を楽しみにしておるからこそ、真っ先に実休様にご覧いただこうと、こうして参ったのです」
久秀はそう笑いかけた。
しかし四国の実休と畿内の久秀の運命はしばらくの間交わることはなかった。
実休が河内守護に任命され、再び畿内に出てきた永禄五年三月、
敵に囲まれ、危機に陥った篠原長房を救出しようと、実休は自分の周囲を固めていた者たちをもそちらへ向かわせた。そこに敵襲を受けて、長房は助かったものの、実休は帰らぬ人となった。
九十九髪茄子と三日月の共演を、実休は見ることが叶わなかった。
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