エンディング この世界に吹く風 計四話
エンディング 1/4 「 パンがないならケーキを食べればいいじゃないの!」
ガシアス帝国は、かつて壊滅させたフロストハイム王国のクレイヴァス(=ルーヴェント)とセントリーシアの姉弟の謀略により一夜にして崩壊する。
制圧されたガシアス領の三分の一は、総統府攻略の功績からエフタル王国のベアトリーチェ女王へと譲られた。ただ、ガシアス帝に取って代わりその旧ガシアス領を実行支配したのは、ガシアスの旧臣や貴族達を手なづけていたセントリーシアであった。
―――かくしてガシアス帝国は、フロストハイム王家のものとなった。
ルーヴェントは黒鷲傭兵団とともに王家に入り、旧ガシアス領の統治にあたると思われた。
しかし彼は、【肺の病気が重くなったカシスと二人、治療薬を求め傭兵団をはなれ旅に出る】。
しばらくの間、二人からの連絡は続いていた。しかし、月日がたちルーヴェントとカシスの所在は不明となる。
ルーヴェントがカシスを連れて、王国や傭兵団から離れた理由。
それは、ベアトリーチェとルーヴェントの将来を考えた彼女(カシス)が『二人を引き合わせるために、身を引こうとした』からだった。
黒鷲傭兵団は引き続き、自治領ロンバルディアを治めた。
ルーヴェントの後をつぎ団長となったのはユキだった。
『女装の麗人』と称されるまでに美しくなったユキはエフタル王国・フロストハイム共和王国(旧ガシアス)との間に立つ存在となる。
ユキは『奇術師』とも呼ばれた智将ステファノを右腕に、一大勢力を築き上げてゆく。
――― さて、ベアトリーチェはどうなったのだろうか。
エフタル王家の実権を手にし、さらに宿敵ガシアスの三分の一の領土をもらい受けたベアトリーチェ。
しかし、【傭兵団を去ったルーヴェントの消息が途絶えたとき、彼女は何を血迷ったか大陸統一をかかげての一大戦争を起こす】。
ルーヴェントの姉の治めるフロストハイム共和王国(旧ガシアス)とは同盟関係にあり、そこに争いはなかった。
それでも大陸の諸国家は互いに結束しベアトリーチェ包囲網を組む。しかし、軍神とも形容された『エフタルの麗騎ベアトリーチェ』には手も足も出ず、次々と蹴散らされていった。
数多くの国々を討ち果たし、大陸の覇権を手にしたかに見えたエフタル王女ベアトリーチェであったが、彼女の覇道はもろくも内側から崩れ去る。
突如起こった小麦をはじめ農作物の不作が二年続き、エフタル王国から食糧が無くなるという
エフタル領内では食料を求める民衆の反乱が勃発し、内乱も起こる。革命軍の動きも盛んなものとなった。
戦場から帰還したベアトリーチェに、武装蜂起した民衆と革命軍はエフタル王都を制圧すると「パンをよこせ!」と迫った。
そのとき炎に包まれた王城のバルコニーから、怒り迫りくる者達にベアトリーチェはこう言い放ったという。
「パンが無いならケーキを食べればいいじゃないの!」
この失言は、エフタル国、いや大陸の歴史上に残るものとして後々まで語り継がれることになる。
革命軍に捕らわれたベアトリーチェは、裁判にかけられ断首台の露と消えそうになるも、先代の愚王グスタフを処断した功績から罪を減じられ
―――大陸西南の島、セントヘレナ島へ島流しの刑と処せられた。
かくして『軍神』『エフタルの麗騎』と称えられ、カリスマにあふれ人々を魅了した女王ベアトリーチェは大陸とエフタル王国の歴史から姿を消すこととなる。
□
大陸西南の島。
セントヘレナ島。
丘の上に、聖マライア修道院がそびえる人口五千人ほどの島。
五月も終わりを迎える、日射しの眩しい午後の日だった。
カモメの大軍が飛び交う中、島の桟橋にて、港につく中型の物資運搬船を苦々しい顔で見つめる男女がいた。
修道服をまとった黒髪ショートヘアの女は【ミーナ】。島の聖マライア修道院の修道女長。
作業服を着た赤髪短髪のいかつい体格の男は【ヒルデハイム】。高貴そうな名前ではあるが今は修道院の用務員にすぎず、ミーナの愛人兼用心棒であった。
物資運搬船から、鎧を着た二人の騎士に両肩を掴まれ、手足に鎖の枷をされた女が降ろされた。
亜麻色の髪の女に着せられた服は、灰色の汚い囚人服だった。
運搬船の船長は申し訳なさそうに、修道女長ミーナと用務員ヒルデハイムに、金貨と書類、そしてわずかばかりの女の手荷物をわたす。
金貨を受け取ったミーナは、面倒くさそうに書類に確認のサインをした。
ヒルデハイムもまた、面倒そうに手荷物を抱える。
「はあぁ今回の到着は、エフタルの大罪人【ベアトリーチェ】……様ですか。この島はゴミ捨て場じゃねえっての、罪人ばかり送り込みやがって」
しかし、かくいうミーナも元々は不貞の罪を働いた、とある国の王妃であった。
「まあ、こ汚ねえけど、よくみりゃ美人だ、色々と楽しめそうじゃねえか、かかかっ」
このヒルデハイムもまた、王の不正に手を貸した元・有力貴族であった。
ベアトリーチェの顎をつかみ無理矢理に顔を上げさせると、ヒルデハイムは下賤な笑みをうかべる。
「おら、さっさと修道院まで歩くんだ。着いたら体を洗え、あっとテメエに風呂は使わせねえ、井戸の水でも使って体を拭け」
手足に枷がついたままのベアトリーチェを蹴り上げる。
しかし、蹴り上げたヒルデハイム自身が息を飲む。
「ミーナ、……こいつ。なりのわりに、やたら色っぽいぞ」
聞いたミーナは、ほんのわずかに嫉妬する。
「ふんっ! ヒルデハイム、一晩で壊すんじゃないよ、じっくり楽しむんだ」
修道女長ミーナは底意地の悪そうな顔でベアトリーチェを見つめた。
地に這いつくばり、頬には泥がついた。手と足の鎖が枷となっており、上手く起き上がれない。
そんなベアトリーチェを、ミーナとヒルデハイムはつま先で何度も蹴った。
しかし。
土の匂いをかぎ、下賤の者に足蹴にされ、くすんだかのごときベアトリーチェの藍色の目。
今、この目の前の二人など見てはいない。
雲ひとつない、どこまでも高い青空、その彼方にあろう太陽を見つめていた。
――― ミーナ、ヒルデハイム。
彼らなど、ベアトリーチェにとって相手にする価値もなかった。どうにでもいい、とるに足らない相手にしか見えていなかった。
体の芯までを弄び、噛み砕き、心までをも食らい尽くした
セントヘレナ島に潮風がつよく吹く。
南から北へと。
「ルーヴェント……」
そうつぶやいた彼女の声。
乾いた潮風は、その声を大陸へと持ち去るように吹き抜けていった。
***
次の1話ルーヴェントとカシスのその後の話を、間に挟んでエンディングは続きます。
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