第38話 ベアトの祝勝会が盛大に開かれる
ロンバルディアの街、黒鷲傭兵団の館。
色とりどりの花びらが宙を舞っている。
愉快な笑い声が響き、叫び声、歓声、絶叫が交差する。
傭兵団、盗賊団の団員たちが飛んだり跳ねたりしている。
ルーヴェントから『一本』を取ったベアトリーチェの祝勝会が、マティウス盗賊団の主催で行われている。当然だが、ルーヴェントの許可の上でだ。
打楽器がリズミカルに打ち鳴らされ、どこかでトランペットが響いている。
渡されたロープに沢山のランプが吊るされていて、通常の五倍の量の灯りが館全体、いや館の広い中庭から門の外までを照らしている。
盗賊団の本距離ベラヌールから沢山の商人がやってきていた。
花屋が沢山の花を飾りつけ、酒屋が(ユキの許可のもとで)即席の酒の提供所を設けた。飲食店も同じく、即席の屋台を設けている。
騒ぎを聞きつけたロンバルディアの商人たちまで乗っかってきて、結局のところ黒鷲傭兵団の館と近辺の街路を巻き込んだ、一大イベントになってしまった。
□
「馬鹿どもが、お祭り騒ぎにしやがって。街の住人には『傭兵団と盗賊団の連合祈念パーティ』とでも言っとけ。ベアトの生存がエフタル王国に気づかれる訳にはいかん」
「へいへい、了解したよ」
賑わうホールのカウンターで、俺(=ルーヴェント)はユキと微妙な表情をうかべて、浮かれ騒ぐ団員達をながめている。
「団長、お呼びで?」
近づいてきたのはステファノだった。痩せた体形に、白いシャツに茶色の作業ズボンと服装は地味だが、相変わらずの美男子だ。その美男子ぶりに、ユキが少し頬を赤らめる。
「お~う、ステファノ。お前がベアトリーチェにいろいろと卑怯なアドバイスをしたみたいだな」
「ひぃ、ひへぅ」
くだけた口調で話しかけたが、ステファノは緊張したのか意味不明な返事をした。
「緊張するんじゃねえ、お前のお陰でベアトリーチェも順調に成長している。流石は俺の見込んだ男だ」
「へ、へい、あいあとうございやす」
俺はステファノの肩を力任せにバンバンと叩く。団員に命じて、酒屋からカクテルの瓶をステファノのために用意した。
「驕りだ、まあ、飲めよ」
椅子を持ってこさせ、まだ緊張しているステファノをカウンターの真向かいに座らせた。
ステファノの到着を待っていたのか、カシスが来て俺の席に隣に座る。カウンターに彼女が持ってきたテキーラが三杯並ぶ。
ユキ、俺、カシスと座る。
だいたいの事を察知したのか、ステファノの放つ気配が変わると目つきが鋭くなる。
黒鷲傭兵団の頭脳がそろった所で、俺は口をひらく。
「祭りが終わったら、黒鷲傭兵団はエフタル王国と事をかまえる。グスタフ王を降ろしてベアトリーチェに実権を握らせる」
ユキ・俺・カシス、三人が一気にテキーラを飲み干した。つられるように、ステファノもカクテルを一瓶飲み干すと、少しふらつく。
「戦略会議だ。ステファノ、お前の知恵を貸してくれ」
「へい」
ステファノは頬を両手で叩くと、羽ペンを取り出し指先で回しだす。
当然だが、三人は微塵も酔っていない。
刃物が研ぎ澄まされていくように、意識が冴える。
俺は、これからのことを考え、最高に気分が高揚していた。
□
数時間後
ホールは異様な熱気と狂気に包まれている。
俺は、その風景に白けた目線を向けている。
ほろ酔いのステファノは、カウンターに座ってその光景をながめている。
ユキは業務で席を外し、カシスは隣で酔う事もなく静かに飲んでいる。
「ちっ、普段から娼館で女抱いてる野郎どもが、何だこのザマは?」
ついつい思ったことを、吐き捨てた。
「ねぇ、童貞じゃあるまいし」
カシスがそう言い、肩を寄せてくるので、俺は静かに腰に手を回した。
++
ホールの中央では、ベアトリーチェの発案で腕相撲大会が行われていた。
トーナメント形式で、優勝者には彼女から『頬へのキス』が授与されるという。
「やれ~っ、私は美男子で、強い男が大好きなのだ!」
ベアトリーチェは胸元の開いている青い娼婦の衣装で、猫耳の帽子を被っている。
酒とつまみを用意し、団員数人をはべらす。彼らと共にタンバリンを打ち鳴らし腕相撲大会の様子にはしゃいでいる。
黒鷲傭兵団とマティウスの盗賊団から百六十人ほどの男女が参加し、血みどろの争いが繰り広げられていた。
勝敗がひとつ決まるたびに、タンバリンや打楽器が打ち鳴らされ、狂気に近い歓声が響く。いくつかのテーブルで行われていた勝負も、ラウンドが進むにつれ数が減ってゆき、ついに決勝のテーブルを残すのみとなった。
「決勝に残ったのは~、流石は盗賊団団長マティウス賊爵と、我ら黒鷲傭兵団の若きエース・ディロマトでござい!」
ピエロの恰好をした団員がアナウンスを告げると、早速どちらが勝つか?の賭博が始まる。
決勝に残ったのは、たいして体格が良いわけでもない盗賊団長マティウスと三人組の下っ端ディロマトだった。ちなみに副官のディルトは参加していないようだ。
「あの二人が決勝にのこるなんて、意外ね」
カシスが頬杖をつきながらつぶやく。
「アイツら……、ベアトリーチェの前で格好つけようと、完全に実力以上の何かを発揮してやがるな」
ルーヴェントは実際に人間が戦場において、自分の能力以上の力を発揮する姿は何度も見て来た。ただ、それをここ傭兵団の館で、しかも腕相撲大会で見るとは思ってもいなかった。
ベアトリーチェは、傍らのテーブルでマピロを始めとした団員をはべらせ豪快に酒を飲んでいた。
「うっわ、楽しい! マティウスもディロマトも頑張って! 両方に金貨一枚ずつ賭けたからね!」
その隣のテーブルでは、盗賊団長マティウスと恋仲のユーナギが、ベアトリーチェと同じように盗賊団員を従え飲んでいる。しかし、普段可憐なユーナギの表情は鬼のようである。
審判が組み合った二人の手を掴み「はじめ!」の合図で、手を離す。
「ベアトォ……リーチェーッ!」
吠えるディロマトに対し、盗賊団長は無言のまま腕に気力体力を全集中させる。
「ディロマト! マティウスも負けないで!」
団員達の絶叫に負けず、グラスを握ったベアトリーチェも楽しそうに興奮し声を上げる。
勝ったのは盗賊団長のマティウスだった。決勝までに気力体力を出し尽くした二人の勝負を分けたのは、もはや運みたいなものだったのかもしれない。
ホールは狂乱の渦に包まれた。床は踏み鳴らされ、叫び声と笑い声と指笛が鳴り響いた。トランペットを吹いている者までいる。
すべての力を使い果たし、床に崩れ落ちるディロマト。かたや勝者のマティウスは椅子の上に立ち、天井に向けて高々と拳をかかげた。
瞬間。
マティウスの立っていた椅子はユーナギに蹴り倒されていた。バランスを崩したマティウスは床へ打ち付けられると這いつくばる。
「げふぅ」
さらにユーナギの蹴りがマティウスの腹に打ち込まれた。力を使い果たしていたマティウスはその一撃で、ニヤついた顔のまま白目をむいて失神した。
「色ボケのバカ団長が、腹立たしい。おいっ、連れていくよっ」
そういうとユーナギは盗賊団員にマティウスを抱え上げさせ、ホールの外へと出ていった。
お祭り騒ぎのホールは静まり返っていた。
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