第39話 ルーヴェントは侍女ロザリナに説教する
「色ボケのバカ団長が、くそったれが張り切りやがって。連れていくぞ」
ユーナギは盗賊団員に気絶したマティウスを抱え上げさせ、ホールの外へと出ていった。
「こ、怖えぇ……」
「ユーナギちゃん、マジ切れだ」
盗賊団員が青ざめる。
お祭り騒ぎのホールは一気に凍り付くと、静まり返った。
マティウスが連れ去られ、後には精魂尽き果てて崩れ落ちているディロマトが、天井むいて残っていた。ベアトリーチェは歩み寄ると、腰まで起こして抱きかかえた。
「マティウスは連れ去られた。最後に残った者が勝者というなら、ディロ、お前が勝者だ。……よく頑張ったな」
意識のないディロマトの頬にベアトリーチェの口づけが成されようとした時、女の声がホールに響いた。
「姫様、何を汚らわしい事をしているのですか!」
「ロザリナ?」
振り返るとホールの端にメイド服をきた赤茶色の長髪のロザリナが立っていた。かつてベアトリーチェの身代わりとなって盗賊団に捕らえられていた美人の侍女だ。
ツカツカとベアトリーチェに歩み寄り、抱きかかえられたディロマトを奪い取ると、床に投げ捨てた。
「な、何をするのだ」
声をあげるベアトリーチェに、ロザリナは厳しい目つきで睨み返す。
「姫様、酔っているのですか? ご自身の唇を賭けての腕相撲大会など、何を馬鹿げたことを、王家の者として恥ずかしくないのですか! この盗賊たちは私たちを襲った者どもですよ」
「ロザリナ、私はもう王家の者ではない。傭兵団長に白金貨二十枚で買われた奴隷なのだ……。これから私は、私の考えで生きるのだ。それに盗賊団の者たちも、改心して私の配下になったのだぞ」
ベアトリーチェの主張に対しても、ロザリナの厳しい顔つきは変わらない。
周囲を取り囲む、傭兵団員も盗賊団員も、さきほどまでの騒ぎようが嘘のように黙りこくっている。
「それでも、このような事は許されません。たとえこんな所にいようが、貴女はエフタル王女なのです」
声を荒げるロザリナに、ベアトリーチェは静かに言葉をつづける。
「ロザリナ、今まで王宮で私の世話をしてくれた恩は忘れない。輿入れの際、私の身代わりになってくれたことも一生忘れぬ」
「それとこれとは関係ありません。そのような娼婦が着る衣装を身に着けて、男をかどわかすつもりですか? 本当に、いやらしい」
ロザリナが言い終わると共に、後ろからルーヴェントがロザリナの腰に蹴りを入れていた。ロザリナは三回転ほど派手な音を立てつつ転がると壁に激突し、頭を下に大股開きの状態で止まった。
メイド服のスカートを履いていた為、黒い下着とガーターベルトが丸見えとなった。
「てめえこそ、メイド服の下には……その気にさせるイイ下着を身に着けているじゃねえか。どうせ、今までディルトの野郎と部屋でよろしくやってたんだろ? 元王宮の侍女もタガが外れて男とやりたい放題か」
ルーヴェントのいった事は図星だったのか、ロザリナは顔を真っ赤にし体勢を整えると、スカートを降ろして黒い下着を隠す。
「ロザリナ、お前は酒のつまみでも探しにここにきて、ぐうぜん腕相撲大会の現場に出くわしたって訳だ」
「わ、私のことは関係ないはずです。ひ、姫様が下賤な……こんなことをしては」
喋り終わる前にルーヴェントの平手打ちが飛んでいた。すぐにベアトリーチェが背後からルーヴェントを取り押さえる。
本来ベアトリーチェの力で押さえつけられるようなルーヴェントではないが、彼はロザリナを打つ手を止める。
「おいロザリナ、俺たちが下賤で悪かったな。今、お前の命があるのは誰のおかげだと思っているんだ」
「ひいっ」
ルーヴェントの体に怒気がやどる。ベアトリーチェは察知すると、必死に力をこめてルーヴェントを押さえようとした。
「聞かされていると思うが、盗賊団に捕らえられ瀕死になっているお前を助けて欲しいと、ベアトの野郎がカラダを張って俺たちに懇願したんだよ。お前がベアトに偉そうに説教できることなんて一つもねえんだ」
「わ、わかってます。ただ、私は侍女として、……元、侍女としての」
「わかってねえよ! 意味のない王宮の常識でベアトをしばり、そのくせ甘やかす所は徹底して甘やかした。その結果が、今のベアトの置かれている事態じゃねえか」
ルーヴェントの迫力にロザリナは黙るしかない。彼がこれ以上手を出さないことを察知したベアトリーチェは、押さえつける力をゆるめた。
「ベアトが兄王に良いように嵌められて、ガシアス帝への貢ぎ物にされかけたのはテメエら近習(=王女の近くに仕える者たち)の責任もあるだろうが!
それにロザリナ! ベアトの野郎が兄王の愚かな奴隷献上を止めようと苦悩している時オマエは何をしていたのだ、ディルトとイチャついていただけだろうが」
後ろからしがみついていたベアトリーチェが、必死になってルーヴェントの体を揺すった。
「やめてください。いいんです、ロザリナを責めないでください」
ベアトリーチェは涙をながしてルーヴェントに懇願した。そこから、ロザリナに駆け寄ると肩を貸して抱き上げた。
「ごめんなさい、ロザリナ、私が軽率でした。……誰か、肩を貸して部屋まで送ってあげて」
団員数名がすぐに近寄り、ロザリナを両脇から支えた。そして、ホールから連れ出した。
少し寒い。開いた窓から、風が入ってきていた。
「せっかく、みんなが計画してくれた、お祝いをこんなにして……本当にごめんなさい」
ベアトリーチェは立ち上がると、申し訳なさそうに俯いた。
突如、床にくたばっていたディロマトの声がホールに響く。
「はあぁぁぁ? 師範が謝ることはないっすよ! 皆を楽しませようとした師範の気持ち、本当に素晴らしいっす! おいみんな、俺たちの祭りはこれからだぜっ!」
精魂尽き果てていたはずのディロマトは、どこからその力を取り戻したのか、すごい勢いをつけて床から跳び起きた。
誰かが口笛を吹くと、また誰かが「そうだ! 祭りはこれからだ」と叫ぶ。
トランペットのファンファーレが響き、タンバリンを打ち鳴らす音が聞こえると、飛び跳ねる者が続出している。
どういう理屈か分からないが、団員達はまた騒ぎ始めた。
部屋の熱気が立ち上り、灯りの数は変わらないが、異様に周囲は明るくなっていた。
「ちっ、なんだ? この馬鹿どもは」
苦々しくルーヴェントは舌打ちした。
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