第27話 ベアトは復讐の相談を持ちかける

 □ここからはベアトリーチェの視点で物語が進行する



 黒鷲傭兵団の館。平日の午後。


「……復讐する?」

 私の相談内容にステファノは驚いたようだが、冷静な声で答えた。


 黒髪をセンターで分けた痩せ身長身のステファノは、狐のような細い目を更に細くした。鋭い印象の男で傭兵団長とは逆の部分が多いが、美男子でもあり私の好みの顔立ちだった。

 おそらく私とは同年代くらいだろう。


 傭兵団長の許可をとり、彼を誘い出した。今は空いた個室で二人きりであり、並んでベッドの端に座っている。


 ステファノは、先日スカウトされて傭兵団の団員に招き入れられたばかりだ。いまは新参者にすぎないが、やがて頭角をあらわすだろうと傭兵団長は言っていた。


「カシスさんに復讐する。その、復讐の手段ですかぁ」


「ええ、私闘の許可は下りてるんです。な方法を用いても良いって傭兵団長は言っていたわ」

 私は、傭兵団長から教わったように唇を半開きにして、しなやかに体を揺らすと更に体を密着させた。

 上目遣いでじっと見つめてみる。


「貴方ならきっと、良いアイデアをくれるんじゃないかって、そう思って……」

 しかし、ステファノは目を逸らすと、あからさまに身体を硬直させ、ふたたび体と体の距離をとった。


「復讐の手段ですねぇ、むむぅ」

 ステファノは胸に刺していた羽ペンをとると、手の上でクルクルと回し始める。だんだんと羽ペンが生きているかのように舞い踊ってゆく。



 ―――卑怯な手を使い、私を団員達の前で滅多打ちにした女、カシス。

 ここで引き下がったままでは、私のプライドが許さないのだ。


 『何も試合で勝つことだけが復讐って訳じゃねえ。やり方はいろいろだ。自分で思いつかないようなら、ステファノの野郎にでも相談してみろ』

 傭兵団長はそう言った。


「私はあの女に、受けた屈辱をかえしてやりたいの」

 わざとらしく商人服の襟元を開き、完全に鎖骨が見える状態にした。胸も上半分はステファノの視界に入っているに違いない。

 しかし、ステファノは私の肢体には目もくれず、淡々と律儀に相談内容についてのみ意識を集中させているようだ。


「そうですね、そういう意図なら幾つか考えはありますよっと」


【そういうとステファノは、ある面白い方法を段取りから含めて話してくれた】


 ステファノのくれた復讐の手段に、私の心は狂気を帯びた。口元が勝手に笑っているのが分かる。

 

(『水を得た魚』の気持ちがよくわかるわ……)


 そしてこの際に、傭兵団長から教わった人心掌握つまり『たらしこみ』の練習もやってみる事にした。


 幸いなことにステファノは好みのタイプだ。

 自分でも緊張しているのだろう、心臓の音が激しくなってくるのが分かる。


「ありがとうステファノ、あっ、あの、わたし御礼として差し上げるものを持っていなくて……」

 私は両手を彼の首に回し、額をそのまま彼の肩に押し当てる。そこから、ステファノの息も荒くなったが、彼の様子はどこかおかしい。


(一応……意味、わかってますよね?)


 顔をあげて、耳元で吐息を吹きかけながら、ギリギリ聞こえる声で言う。


「あ、いやいや、そんなとんでもないです。間に合ってますから、けっこうです」

 ステファノは震えながら、身振り手振りをまじえて『けっこう』の意思をつよく表明した。


(けっこう……? ならば)

 

「『少しさわらせるくらいなら良い』って、傭兵団長にも許可をもらってるの、……それ以上は私の口からは申し上げられないんですが」

 頬が赤くなるのが自分でもわかる。王宮にいた頃の私では絶対に口にしないような、はしたない言葉を口にしてしまった。


「いえいえいえいえっ、相談ならホント無料でかまいませんから、今日は勘弁を」


 この場から消えてしまいたい気持ちになった。


「かっ……勘弁ですって? それは、私が魅力のない『小娘』だからってことですか?」

「はぐぅおぅっえあ」


 ステファノは正気を失ったような声をあげ、五秒ほど硬直した。しかし、その後ズルリと沈み込み私の両腕から逃れた。

 そこから全身の筋力を使って跳躍し、間合いをとると、絶叫しながら部屋から逃げ出していった。


 □


 夕食後、部屋でグラスを手に傭兵団長とテーブル越しに向き合う。

「傭兵団長に教わったとおり、とかって奴を頑張ったのですが、どうも噛み合わなくて……」

 私の説明を聞くと、予想通り彼は面白がり楽しそうに腹をかかえて笑った。


「はっはっはっはっは、ベアト、おまえ最高だぜ。切れ者のステファノが、そこまで奥手だったとは誤算だったな、相談だけをして終われば良かったな」


「あれじゃ、普通にでしたよ。もう、プライドがズタズタです」 


 私は、やってられないという感じで傭兵団長のウィスキー『ベヒーモス』を取り上げグラスに少しそそぐ。ソーダ水で割ると、そのままグイッと飲み干した。


「はあ、……やはり私は女の魅力がないのでしょうか」

 空になったグラスの底を覗き込む。傭兵団長はポンポンと私の頭を叩き、いまだに笑いをこらえつつ、私のグラスに『ベヒーモス』を少しだけ注いだ。


「だから相手が悪かったんだよ、ステファノは奥手な上に新参者だから遠慮したんだろ。心配するな、他の団員なら一撃で沈むだろうよ。もし若いころの俺なら、我慢できず無茶苦茶にするがな」

 私は、(今も無茶苦茶にしているだろうが……)と思いつつ顔の左半分をしかめたが、右半分で少しだけニヤリとした。


「それは、傭兵団長は、私の体に魅力を感じるという意味ですか?」

 身を乗り出して聞いてみる。


「ああ、あくまで『体』にはな、お前が小娘であることは変わりない」

「……っ!」

 私は顔全体を完全にしかめ、グラスにソーダ水を少し足すと、またグイグイと飲み干した。そして、テーブルにあった乾燥チェリーをボリボリと口に入れる。


「誰だっていきなりは上手くやれないさ、お前は堅苦しい王宮で育った上にプライドが高い。だがな、素質はあると思うぞ、きっと魅力あふれるいい女になれるさ」


 その言葉に、私のしかめた顔がすこし和らぐ。

 粗野で、無礼で、自分勝手で、吐き気がする傭兵団長だが、絶対にお世辞や嘘は言わないからだ。


「本当ですか? ……頑張ります」



「で、ステファノはどんな意見をくれたんだ、カシスの野郎を三人組と闇討ちにでもするのか?」

「それは、言えません。傭兵団長にも秘密だとステファノさんが言ってましたから」

「ほう、殺さなければどうしたってかまわん。好きにやれ」


「わかりました」

 私は、これから自分の起こすことに心を躍らせながら、『ベヒーモス』をどくどくとグラスに注いだ。

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