第24話 ベアトとルーヴェントは甘々の街デートをする② 服を買う・屋台飲み

「で? ディルトの野郎とはどうだったよ、昨夜……」

 笑い終わると傭兵団長は、設営を始める大道芸人の一座を眺めながらそう聞いてきた。


(え? 昨夜どうだったよ……って、ちょっ)


 芸人たちの楽器のリハーサルが始まり、周囲がとたんに賑やかになった。


「どうだったよ……て、それは、はい……良かったです。ディルトさん、優しくて」

「ほう、俺と比べてどっちが良かったか?」


(……っ!)

 なんて不躾なことを聞く男だろうか、王宮内でなら即首を跳ね飛ばす所だ。そう思い、ポケットを探ると盗賊団長マティウスから貰った短刀があった。

「その、傭兵団長よりディルトさんのほうが、良かったです。すっごく、とても」

 腹立ちまぎれに短刀を握りしめ、そう答えた。


「そうかそうか、お前はっきり言うんだな。面白え、はっはっはっはっは」

 何が面白いのか……全くもって理解できないが、傭兵団長は腹をかかえて笑った。


(下賤で、粗野で、失礼な男だ)


 笑い終わり腹から手を離すと、宝石をひとつ大道芸人の座長に投げ渡した。

 その人物がペコリと頭を下げるのを確認して、傭兵団長は斜め前方にある二階建ての石造りの商店を指さした。


「ベアト、お前の服を買ってやるよ。まあ、裸ですごさせてもいいんだが風邪をひかれても困るしな、今日の外出の目的のひとつだ、はっはっはっは」

「服?」

「お前は知らないかもしれないが、庶民は既製品の服か古着を買うんだ、行くぞ」


(服かぁ)

 正直言って、庶民……街の者たちが着る服には興味があった。

 今まで自分が着たこともない服を着ることで、自分が『堅苦しい何か』から解き放たれていくような気もするのだ。


 その石造りの商店は、館のホールの三倍ほどの売り場面積をもつ大型店だった。新品の既製服から古着まで、そして、ドレスから作業着までと沢山の種類の衣類が売り場に吊るしてあった。

 身に着けるものはすべてオーダーメイドで仕立て職人に作ってもらっていた私にとって、服を選ぶ作業は新鮮で楽しいものだった。


「おいベアト。何でも、好きなものを買ってやるぞ。訓練着から作業着まで必要な服は沢山あるからな」

「えっ、本当に? うわぁ、でも迷うなあ」

 ついついはしゃいでしまい、敬語でしゃべるのを忘れたが、傭兵団長は気にしていないようだ。


「これなんかどうだ? お前に似合いそうだ」

「あっ、良いですね、はい」

 傭兵団長の選んだ服は男性ものの商人の作業服だが、意外に私の好みのものだった。

 実は私は以前より男装に憧れたりしていたのだ。そうしているうちにも、次々に彼は衣服を選んでくれた。


 今まで見たこともないような数多くの服に戸惑っていると、ひとつの衣装に目が引き付けられた。


「傭兵団長、……これが欲しいんです。着てみたい」


 私は思い切って、男性用の黒を基調とした色使いの礼服を指さした。おそらく商人が、貴族や宮廷の晩餐会などに着ていくものだろう。

「ほほう、礼服か。店主!これも買うぞ」

 てっきり腹をかかえて笑われるかと思ったら、素で受け止められてしまった。



 結局、私は三十着ほどの衣服を購入してもらった。さらに下着や肌着、ハンカチなどまで買ってもらい、購入品は大量な数になってしまった。そのため、買った品物は後日傭兵団の館へ運んでもらう事になった。


 店の物陰で先ほどの男性用の礼服に着替える。帽子を脱ぎ、髪をしっかりと後ろにまとめあげて傭兵団長の元に戻ってみる。

「似合ってるじゃないか、ベアトリーチェ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ、恰好良いぜ」

 店に鏡がないために自分の姿は見えない。しかし、傭兵団長から『似合っている』と言われ、私はなんだか嬉しくなる。


(この男は間違ってもお世辞など言わない、本当に私に似合ってるんだ)


 そう思うと、全身がくすぐられたような感じで気恥ずかしく、モジモジしてしまった。


「うわあ、奇麗ですね! 灯りがあちこちに!」


 店を出ると日はすっかり暮れており、ロンバルディアの街は夜の姿へと変貌していた。

 軒から軒へ綱が張り巡らされ、そこにはいくつものランプが灯をともされ吊るされていた。飲食店や宿泊施設の入り口には、盛大なかがり火が焚かれ、照らされたものの影がゆらめいている。

 道路のあちこちに楽団や歌い手が立ち、それぞれに音楽や歌声を奏でている。


 傭兵団長は私の手を引くと、通路沿いの、布と木の柱のみで立つ屋台の居酒屋へと引き込んだ。

「へえい、らっしゃい! お、傭兵団長……と、こちらは貴族の方ですか?」

 屋台のおじさんが元気よく声をあげて迎えてくれる。

「ああ、エフタルの貴族ベアトス男爵だ。ベヒーモスを一杯くれ、つまみも適当に頼む。おいお前、酒は飲めるんだったよな?」


「は、はい、ワインは赤が好きです。年代ものだと……あれは何年ものだっけ、えっと、思い出せません」

 なぜか、おじさんが固まった。そこから、傭兵団長と顔を見合わせると、腹をかかえて笑い出した。


 □


「美味しい! これは何の肉ですか?」

「山岳イタチの肉だ、王宮で食べたことはないだろう? ここでも滅多に食えるもんじゃねえぞ。で、これは苦瓜にがうりという遙か東方の島国の野菜だ」

 私は見たこともない緑色の野菜を食べてみる。


「うわあぁ、苦い。でも、変にクセになる味ですねえ」


 傭兵団長は、私の知らない食べ物を沢山ふるまってくれた。その上に、いろんな種類の庶民のお酒を飲ませてくれた。


 私は、酔った。


「辛い! いやしかし、これは後からまろやかな、かつ苦い感じがグッときますなあ、深い! 深い味わいですぞ」

「それは『皇帝の呪い』という銘酒だ、お前……けっこうな高級品だぞ」

「傭兵団長、もう一杯いただきまぁす! ベアトス飲みます!」

「おう! 親父、もう一杯頼むぜ」


 お酒というものが、こんなに美味しいものとは思っていなかった。

 いつも晩餐会の社交場で無理に飲ませられ、それで私は具合を悪くしていたのだ。


(お酒、美味しい……、なんだか楽しい)


 酔った私は調子に乗って王宮の悪口を言いまくった。かたぐるしい王室のしきたり、兄の悪口、華やかなようで何の自由もない暮らし……。

 傭兵団長は、静かにずっと「そうか」とか「そうだな」と言って、私の話を聞き続けてくれた。


 屋台が面した通りには、いつの間にか傭兵団の団員が数名警護にたち周囲に気を配っていた。

 しかし、その存在を忘れるほどに、弦楽器や太鼓などの打楽器が鳴り響き、芸人や踊り子や娼館の呼び込みが声を上げ、街を訪れた旅人が賑やかに往来した。


 更に酔いがまわり傭兵団長にもたれかかると、骨ばった力強い腕に抱き留められた。

 傭兵団長は通りに面して座りなおしては旅芸人や踊り子にチップを投げ、私にこの街の人たちの事を教えてくれた。


「気持ちいい……」

 傭兵団長に身をゆだねていると、風が火照った体をやさしく撫でてゆく。これが王宮に吹く風と同じだとは思えなかった。



 王宮とはまた別の、私の知らなかった世界があったのだ。

 新しい世界が私を包んでいた。


(無茶苦茶に、……今までの自分を壊したい、壊してほしい)


 酔いが回った体を、傭兵団長の分厚い体にグッと傾けると少しだけそう思った。

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