第18話 ルーヴェントとベアトは出撃する
迫る夕闇に、大陸に吹く風はわずかに冷たい。
『
左手に見えていたエフタル王国国境の城壁が、その姿を小さくしてゆく。
俺(=ルーヴェント)に並び、見事にベアトリーチェは騎馬を操った。
団の備品の中でも最も豪奢な
俺と同じく頑丈な鋼鉄の鎧を身にまとった副官ディルト、黒革の戦闘用ジャケットとハーフタイツをまとい口元を黒布で覆ったカシス。
そして、引き離されながらも傭兵団員マピロが操る一騎と、マハマとディロマトが二人乗りした一騎が必死に食らいついていた。
◇
盗賊団の本拠地となるベラヌールの街まであと二キロの岩場に、小さな老人と痩せ身の美青年の姿がみえた。
俺はベアトリーチェに手で合図を送り、騎馬の手綱を取り制動する。
老人と若者は片膝をつく。
声をかけた。
「おう、ガソクの爺ちゃん、ずいぶん仕事がさばけるじゃねえか」
俺がガソクと呼んだ農夫のなりをした老人こそ、黒鷲傭兵団の抱える、あの天井裏にいた『忍びの者』である。
「いえ、褒美をはずんでいただければと……、さて、こちらが例の」
「
紹介された美青年の切れ長の目が鋭く光った。彼こそがあの襲撃事件の時に目をつけていた人物だった。
ステファノはベアトリーチェをエフタル王女と認識しているのか、彼女にも立膝のまま深々と敬礼した。
マピロ達に速度を合わせたのだろうか、ディルトとカシスが追い付いて来て馬首を巡らせた。夕闇深いなかでも、二頭の蹄が地面を強く踏み、土煙があがるのがはっきりと見えた。
少しして、マピロ・マハマ達の二頭が来ると騎馬の制御が間に合わず通りすぎてしまい、三人は馬から降り息を激しく乱しながら戻って来た。
それぞれが馬から降りると、忍びの者ガソクと盗賊ステファノを取り囲むように、皆が中腰で輪になる。
俺はディルトにステファノを紹介した。カシスはステファノの外見を精密に憶えており、紹介する必要はなかった。
「【盗賊団長のマティウス】はベラヌールの街一番の酒場で腹心を引き連れて飲んでおります。その数は二十名ほどで、当然ですが武器はもっておりましょう。そして、目的の『捕らわれの侍女さん』は盗賊団の館の地下牢にろくな手当てもされず閉じ込められておいでです」
ステファノがくわしい情報を説明すると、ベアトリーチェが何かを言おうとしたが、先にカシスが訊いていた。
「その盗賊団の館の兵力は?」
「はい、五十はおりましょうかと、ただ俺が夕食の鍋に『眠り薬』を盛りましたんで。今夜の実質的な兵力は二十にも満たないでございましょう」
「コイツ、やるっすね団長!」
「へえ、ありがとうございまして」
ステファノの思わぬ働きに、ディルトが目を丸くしている。
「ロザリナは、ロザリナは無事なのだろうな」
ベアトリーチェが我慢できずにステファノの肩に両手を置き、問い詰めるように聞く。
「すみません、俺も牢番の役ではないうえに医師でもありませんので。今は生きている、としか答えようがございません。傷が化膿して高熱を出している事だけは間違いない事実ではあります」
「なんだとぉ! そりゃあ急がないといけねえや!」
とりあえず『ベアトリーチェの侍女を救出しに行く』とだけしか聞いてないディルトは大声をあげた。
「ディルト、静かにして。団長とベアトは酒場で盗賊の頭を仕留めて下さい。私とディルトで盗賊団の館へゆき、侍女ロザリナとやらを救出しましょう」
「おう、わかったぜ」
ディルトが声量を押さえて返事をする。
「ガソクとステファノは盗賊団の館の外で待機して。侍女を救助したら引き渡すから、応急処置を施してすぐにロンバルディアの本拠地に連れ戻り、きちんとした治療を受けさせて。ユキには伝えてあるから。」
「かしこまり」
「了解でしょう」
「あの、私もロザリナ救出に館に向かいたいのだが……」
ベアトリーチェはカシスに訴えるような視線を向ける。
「駄目だ、ベアトリーチェ。お前は冷静さを欠くと、とんでもない失敗を犯すことがある。瀕死のロザリナを目にして冷静でいられる自信があるか?」
カシスの問いにベアトリーチェは言葉を詰まらせる。
「お前は頭を仕留めに酒場へ行け。団長はサポートしてください、それでいいでしょ? 団長」
「おう、ベアトのお守りは俺の仕事だろ」
ベアトリーチェは自身の性格を理解しているのだろう、カシスの意見に仕方ないという感じでうなづいた。
「あ、カ、カシス副官、お、俺らはどうすれば?」
マハマが三人組を代表してカシスにたずねる。三人とも鋼の鎧に、長剣を装備しているが全くさまになっていない。
「マピロ!マハマ!ディロマト!てめえら男だろ、オドオドするんじゃない。三人でベアトリーチェの背後を守れ、賊どもに指の一本たりとて触れさせるなよ!」
「「「はい!」」」
三人組は背骨が折れるほどの勢いで姿勢を正すと、喉がつぶれんばかりの返事をした。
俺は苦笑する。三人組にとっては初陣だが、ベアトのためなら死に物狂いで戦うにちがいない。
「なあ、ベアトちゃん。当然のことだけど、俺とカシスは、そのロザリナさんの顔を知らねえんだ。まあ、地下牢に捕まって傷を負っている女性だから、間違える事はないと思うがよ、特徴とか聞いておいていいか?」
ディルトがロザリナの特徴を問いただした。これも詳しく聞いておくに越したことはないだろう。
「そうですね、年齢は二十三歳、独身です。身長や体形はほぼ私と変わりありません。髪の色は私と違い赤茶色で、腰まである長髪です。えっと、顔つきがですね、エフタル国立劇団のマリアさんに似てます」
「マッ、マリアに似ているだと!? マジか! どーすんのよ!」
ディルトは興奮して叫んだ。たしか、彼はそのマリアという女優劇団員にベタ惚れしていると聞いたことがある。
「どうもしないわ、普通に助けるわよ」
カシスが呆れたように言い放ったが、ディルトの興奮は始まったばかりだ。
「おおぅ、マリアーーーーーーッ! 今、行くぞーーーーーーッ!」
日の暮れた荒野、盗賊団の本拠地となるベラヌールの街まであと二キロの岩場。
ディルトが一人だけ獣のように吠えた。
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