第12話 ベアトは今の立場を完璧に思い知らされてしまう

 ユキの防寒着を借りて、ベアトリーチェにかけた。

 

 暴れもせず、なすがままにベアトリーチェは俺の肩に抱えられた。

 さすがに鳥馬とりうまに、ベアトリーチェを担いだ状態では乗りにくい。まず彼女を先に鳥馬にまたがらせる、その前に俺がのる。


 日の暮れたエフタル国城壁ぞいの道を、俺とユキの鳥馬はリズムよく駆ける。ベアトリーチェは振り落とされぬよう、俺にしっかりと手を回していた。


 ロンバルディアの街に戻るとすっかり夜になっていた。

 夜のロンバルディアこそ、この街の姿と言える。夜の雰囲気はまさに自治領の街として独特のもので、自由奔放で、賑やかで勢いよく華やかなものだ。


 闇を寄せ付けぬオレンジ色のランプや、かがり火が勢いよく焚かれている。

 弦楽器が音楽をかき鳴らし、さらに打楽器が打ち鳴らされ独自のリズムで空間を支配している。


 騎駝屋きだやに鳥馬を返すと、館までは歩いて帰ることになる。担ごうとした俺を「自分の脚で歩く」とベアトリーチェは拒んだ。

 騎駝屋から傭兵団の館までは大した距離でもなく、ベアトリーチェのペースに合わせて、俺とユキはゆっくりと歩いた。

 沢山の人間とすれ違うが半数は旅人で、半数は店を営む街の者だ。


 つい唾を飲み込んでしまう料理の匂いに気をひかれていると、褐色の肌をあらわにしたした数名の踊り子が、俺たちを取り囲みダンスを披露する。日焼けの跡、透ける素材の布を利用した衣装が情欲を刺激する。

 ユキに手をあげて合図し、投げ銭を代表者に渡す。踊り子の代表は異国の言葉で礼を述べると、次のターゲットを見つけ去ってゆく。


 館の前まで来ると、ベアトの見張り役だった三人が直立で俺達を待っていた。俺達に気づくとハッとして声をあげる。

「「「団長、ユキさん、ベアトさん、お疲れ様です」」」


「おいおい、お前達わざわざ立って待っていたのかよ。いいんだよ、早く中に入ってゆっくりしろ」

 ユキが声をかけると、団員三人は素早く体勢をかえてベアトリーチェに土下座した。

「ベアトさん、この度は本当にすみませんでした!」

「素敵なお体でしたので、我慢できず覗いてしまいました!」

「すみません、次は負けないように鍛えますから!」



「……いいのよ。本気で打ちのめしてしまったね、痛かっただろう」

 ベアトリーチェは彼らをチラリと見て、小さな声だが確かに聞こえるようにそう言った。


「おい、こいつ(=ベアトリーチェ)は最下層の奴隷だ。お前らが気を遣う事はない。そこにいると通行の邪魔だ、早くなかに戻れ」

 俺はそう言ってユキ、ベアト、そして団員三人と館の玄関へと向かった。


 □


 ユキの個室でテーブルを囲み、三人で座った。テーブルと椅子は、木でつくられた落ち着きのある造りのものだった。

 さらに、暖かい感じの灯りをもつ丸みのあるデザインのランプが数個あって部屋を照らしている。部屋の外からは団員が賑やかに騒ぐ声と、街の騒がしさがほんの少しだけ聞こえている。


「さ、飲んで、ベアトさん。あったかいよ」

 ユキは、ベアトリーチェにホット・ココアを差し出した。俺は『ベヒーモス』という度数の強いウィスキーをロックで飲んでいる。ユキが手にしているのはソーダ水のようだ。


「ユキ、ベアトの野郎は団員最下層の奴隷だ。お前が『さんづけ』で呼んじゃ、示しがつかねえ」

「ああ、そうだね。ごめん……ベアトさん、次からはベアトで呼ぶね」

 そう言われても、ベアトリーチェはホット・ココアの湯気をぼんやり眺めている。


「さてと、状況をきちんと説明しないといけないよね」

 ユキは、本棚から『法律』と書かれた本を取り出し、机においた。


「まず、貴女はエフタル国で王女であった『ベアトリーチェ・ラファン・エフタル』で間違いないね?」

 ユキの問いかけに、こくん……とベアトリーチェはうなずいた。


 俺はグラスをテーブルへ置くと、ベアトリーチェに説明をはじめる。

「丁度、先週の話だ。エフタル王国からガシアス国へのお前の輿入れ行列は、ガシアス国境ちかくの森で、盗賊団の襲撃をうけ壊滅した。輿入れの王女ベアトリーチェは勇敢に戦うも、斬られ死ぬ。生存者は今のところ数名しか確認されていない」

 ベアトリーチェは話を受け止めるように聞いていた。


「王女様の花嫁道具や、ガシアスに献上する宝物は、すべて盗賊団が略奪したようだぞ」

 盗賊団にとっては上出来の仕事であったに違いない。


「あ、あぁ、近衛兵長や侍女頭のロザリナは……」

「ん、エフタル側の生存者は今のところ確認されていないんだ」

 申し訳ないようにユキがつたえると、木のテーブルの上に、ベアトリーチェの涙の粒がつづけて落ちた。


「説明をつづけるぞ。お前は盗賊団相手に懸命に戦ったんだが、毒矢を受けて瀕死の重傷を負う。死にかけていたお前だが、たまたま物陰で見物していた俺とカシスに助けられたんだ」

「……そうか」

 見物していた理由は、たまたまではなく、盗賊団のなかから人材を見つけてスカウトする事だった。良い動きを見せる者が一人いた。その者たちの身体の特徴はカシスが記憶しており、すでにを通じて引き抜き工作に入っている。


「輿入れの王女ベアトリーチェは死んだこととなり、エフタル王国は深い悲しみにつつまれた。盛大な国葬がとり行われ、王女は王家の墓地に埋葬された」

 ベアトリーチェは静かに俺の話を聞き続けたが、疑問を投げてくる。


「だいたいの流れはわかった。ただ、まったく理解ができぬ点がある。私はお前から『奴隷』呼ばわりされたあげく、その……辱めまで受けた。王女である私に対するこの行いの数々……万死に値するものぞ」

「確かにベアト、お前は何も理解していない。ユキ、元・王女様に説明してさしあげろ」

「うん」

 ユキは、そういうと『法律』と書かれた本をテーブルの上で開いた。


 ユキの説明がはじまる。

「まずベアト、君は盗賊の襲撃をうけた日にエフタル国の『法律上』では死んでいるんだ。実際にその後エフタル王国では、その法律に従って国を挙げての葬儀が行われ君は埋葬されている。だからベアトは『死んだ』ことになっているんだ」


「そ、そんな、待てよ……私はこうして生きているじゃないか」

「だからあくまでエフタル国の『法律上』の話なんだよ、現実ではなく『法律上』の話を僕はしているんだ」

「…………それで?」


「話をつづけるよ。法律上、ベアトは盗賊団の襲撃で死んでいて、エフタル王国も死亡を宣言している。つまり、君は法律上は存在しない人物になったってわけだ」

ユキは一呼吸おき、ベアトリーチェはわずかにうなづいた。


「君は、そこから団長に拾われて持ち帰られた。これは『黒鷲傭兵団が身元不明の人物を拾って所有した』ことを意味するんだ、あくまで法律上の話だよ」

「…………くっ」


「で、お前は『黒鷲傭兵団の所有物』だったが、俺個人が白金貨二十枚を団に出して『個人的な奴隷』として買い取ったんだ」

「貴様が私を、個人的な奴隷として買い取っただと……」

 ベアトは静かに言った。強い口調で反撃してくるかと思ったが、テーブルに視線を落としたままだった。


「ここから出ていきたいのであれば、俺に白金貨二十枚を払って自分自身を買い戻すんだな。もっとも王国に戻ったところで『死んだことになっている』お前には居場所はない。そもそも今日のように……エフタル領内にすら戻れない」

 俺はそういうと、空いたグラスにベヒーモスを片手で注いだ。ユキがグラスペールからデカい氷をひとつ取ると、トングで素早く俺のグラスに移した。


「そうか、理屈はわかった。少し、私の話も聞いて欲しい。ユキさん、エフタル国はどうなるのだ? ガシアスとの関係はどうなったのだ」

 おどろいたような顔をしてユキは丸縁眼鏡の端っこに手を当てた。


「うん、結果的に王女を輿入れさせることは出来なかったが、輿入れ行列が緩衝地帯(どちらの領土でもない地域)に送り出された時点でエフタル国はガシアス側に対しての責任を果たしたことになるんだ」

「そうなんだ」

「そう、そこから盗賊団の襲撃は、不慮の事故にあたる。だから、ガシアス側がエフタル国を約束違反として侵攻することは出来ないんだよ」


 ベアトリーチェはその説明を聞くと深く安心したような顔をする。目を閉じると、ユキの言葉をオウム返しにつぶやいた。

「……ガシアス側が、エフタル国を約束違反として侵攻することは出来ない」


 しかし、それから何かを諦めたような、悲しい表情で顔をあげた。


「良かった、とりあえず私の責任は果たせたのだな」

 

そう言い、ようやくベアトリーチェはホット・ココアを一口飲んだ。

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