第11話 ベアトはヤク中娼婦の扱いを受ける

「さてと、ユキ。行くぞ!」

「団長、行くってどこに?」

「ベアトの野郎をとっ捕まえに行くにきまってるだろう! 早く支度をしろ!」

 ユキは俺の考えを理解し、手早く外出の支度をしている。


(ベアトの野郎が行くところは……)


 俺は扉を開け、ユキを連れ門を出る。

 念のため剣を持ってゆく。ユキも懐に短刀を持っているはずだ。


 日が暮れかかって、風が冷たくなっている。ユキが防寒着を羽織っているか確認する。

 門を出ると剣と鎧のジャラジャラとした音が聞こえ、街中の巡回から帰ってきたカシスの隊の十名ほどとすれ違う。団員は俺とユキに元気に挨拶をするが、カシスは香水のかすかな匂いを漂わせ会釈をしただけだった。


 騎駝屋きだや鳥馬とりうまを二騎かりる。『鳥馬』というのは二足歩行をするダチョウのような鳥で、ダチョウよりはるかに筋肉骨格が頑丈な『騎乗移動用の動物』だ。傭兵団でも戦闘用の馬は十頭ほど所有しているが、馬は貴重品であり普段は郊外の牧場に放している。


 俺とユキは鳥馬に颯爽とまたがる。ユキが前を駆け、緊急時の笛をならし大通りを駆け抜けてゆく。風が吹き抜けるように、ロンバルディアの街を出た。

東にそびえるエフタル王国の国境城壁が、夕暮れの中で黒い壁に見えてそびえている。


 国境城壁に沿って鳥馬で五分ほど駆けると関門所についた。城壁沿いは整地されており安心して鳥馬を走らせられる。日暮れと共に国境関門は閉じられるため、旅路を急ぐ商人たちが時間を気にしていた。

 ユキが、ふたたび緊急時の笛を吹き鳴らす。俺たちは速度を落とさず、旅人が往来する関門に突っ込んだ。


「危ねえ」

「おい何事だ」

 衛兵が十人ほど集まってきた。鳥馬から降りたのがだと分かると顔見知りの兵士が前に出た。

「ルーヴェント団長じゃねえですか? 今日は一体どのような……もしや」

 集まってきた衛兵の人数分の銀貨を渡す、賄賂をかねた迷惑料だ。通行の順番をまっていた旅商人たちにも、ユキが割り込みの謝罪の意味で銀貨を配っている。


「忙しい中すまないが長官に会いたい、怪しい奴を捕えているはずだ」

 そう言うと兵士は《やはりそうか》と思い当るような顔つきをした。



「だから何度も、私は王女ベアトリーチェ・ラファン・エフタルであると言っているであろうが、くそう……くそっ」

 予想通りの声が、長官室から聞こえてくる。先ほどの兵士がノックをし、部屋に急ぎ入っていく。

「ルーヴェント団長か! 助かった。早く来てくれ」

 長官の懇願するような声が部屋の中から聞こえる。


 中に入ると予想通り、憔悴したベアトリーチェが木製の椅子に座っている。ルーヴェントとユキに気づき、とっさに逃げようとした彼女を先ほどの兵士が後ろから羽交い絞めにした。


「いやね、この娼婦がですよ『私は王女だ、ここを通せ』って騒ぎましてね。ルーヴェント団長の所の娘かと思ってたんですが、使いを出そうにも人手が足りなくてね」

中年だが、そこそこに鍛え上げられた武人という感じの長官は、面倒くさそうに俺を見ている。

「お願いだ、行かせてくれ! 国を救わないといけないんだ、そうだ文官長のブライミントなら城に常駐している、呼んでくれ、頼む!」


「ほら見てルーヴェント団長、ずっとこの調子さ。病み上がりな感じだけど、口の威勢だけはいいんですよ、まさか違法の薬とかやってませんよね……ルーヴェント団長」

 俺は渋い顔をつくり、黙って長官に金貨を一枚渡す。ここは、ベアトのことを『ヤク中で脱走した娼婦』だと思わせておいた方がいいだろう。

そこへ手が空いたのか衛兵が三~四名入ってきた。


「ルーヴェントさん、頼みますよ。ヤク中娼婦は街に閉じ込めておいてください。この部屋に押し込むのも大変だったんですから」

「でも顔つきは可愛いですよね、頭が……まともだったらすぐに抱きにいきたいっすよ」

「どこかの没落貴族から買い取られたんですか? 女王様ってノリが気に入りました、いつから店に出すんですか?」

 衛兵たちのベアトリーチェに対する言いようは散々なものだった。


「貴様ら、どこまでこの私を、王女ベアトリーチェを愚弄するのだ」


 叫ぶベアトリーチェに兵士の一人がさとすように言った。

「ふうむ、……お前も娼婦の身分でありながら、ベアトリーチェ様がお亡くなりになられて、きっとつらいのだろう、違法の薬にまで手を出して。つらい思い……それは我々も同じなのだ」

 その兵士の肩を、別の兵士が抱いた。

「立派な葬儀だったじゃないか、王女様は勇敢に戦って亡くなられたと兄王はおっしゃっていた。俺たちは王女様の意思をしっかりついでいこうじゃないか、なあ?」


「おい貴様たち、私の葬儀だと? 葬儀と言ったな? 私は、王女ベアトリーチェは死んでなどおらぬぞ!」

 ベアトリーチェは血相をかえて叫ぶ。


「そうだ、お前の言うように王女様は私たちの心の中に、今も確かに生きていらっしゃる」

 長官は力無くそういうと『早く引き取って帰ってくれ』とばかりに俺を見る。


「私は、私は……死んでなど、どうして、こんなことに……」

 長官の言葉が刺さったのか、ベアトリーチェは勢いをなくし涙を浮かべる。俺は、力が抜けてゆき膝を折りそうになる彼女を、兵士から奪うときつく抱きしめた。


(ユキ……例のものを)

 目くばせすると、ユキは長官に高額の宝石をひとつ渡す。さらに衛兵の班長に人数分の『娼館の無料券』を握らせ、ユキはつらつらと喋りはじめた。


「今回は本当にすみません、我々の管理不行き届きで、お騒がせしました。おっしゃるようにこの娘は地方の貴族の娘さんなんです。借金のカタに売られちゃって……。亡くなられたベアトリーチェ姫に憧れていたらしく、ショックのあまり錯乱しちゃったようです」

ユキの説明を聞き、ああっやっぱりそうか、と衛兵たちは複雑な表情をうかべている。


「さあ、帰るよ」

 俺の呼びかけに、ベアトリーチェはうなずいたような気がした。いったん抱きしめた両腕をとき、腰に片腕を回し抱き寄せる。


 そして、俺は全身に覇気をみなぎらせた。それは少し殺気を孕んでいたのかもしれない。地面の底をえぐるように、ドスを効かせた声を響かせた。。

「長官、くれぐれも王国側には内密にお願いします。この通りです」


 ―――この件は黙っていろ、テメエには金貨と宝石を渡した。

 ―――もし王国に報告したらタダではすまさねえ。

 無言の圧力で、長官をはじめこの場にいる兵士全員に伝えた。


「ひいいいいい、ルーベント団長!この件は『一切何もなかった』ことにします! 違法のヤク中娼婦など見ても聞いてもおりませんから、今後も仲良くやりましょう、皆の者も何も知らぬよな?」

「「「「はい!」」」」


「すみません。こちらこそ今後ともよろしくお願いします」

「ありがとう皆さん、非番の日にはロンバルディア娼館に遊びにきてね」

結局はユキの元気な声で、場はおさまった。



暴れもせず、なすがままにベアトリーチェは俺の肩に抱えられた。

関門所をでると、衛兵が親切に鳥馬をつないでくれていた。

さすがに鳥馬に、ベアトリーチェを担いだ状態では乗りにくい。まず彼女を先に鳥馬にまたがらせる、その前に俺がのる。


日の暮れたエフタル国城壁ぞいの道を、俺とユキの鳥馬はリズムよく駆ける。ベアトリーチェは振り落とされぬよう、俺にしっかりと手を回していた。

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