第5話 べアトを買う会議が開かれる

ユキが細い指先を伸ばし、棚に置いてあるベルを五回続けて鳴らす。


『役職者はホールに集合、緊急会議』の合図だ。

 ズボンをはく衣擦れ、ドタドタと廊下を走る音、扉の開け閉めの音が響き、十名ばかりの黒鷲傭兵団の幹部たちが集まってきた。


 娼婦と最中の者がほとんどだったのだろう、ほぼ全員上半身裸だ。キスマークをつけた者、オイルまみれの者、道具を手に持ったままの者までいる。

 先ほどからいる団員もそのまま居座っているので、ホールには二十数名が集まっている。


 やや遅れて、王女を風呂場に連れて行った戦闘副官のディルトがやってくると大声で言う。

「団長、ヴィオラ姐さんは王女の世話で手を離せないっす。で『団長に賛成、異議なし』に一票だそうっす」


 ディルトの発言が終わると、二階から降りて来た下っ端の団員が挙手をする。

「参謀副官のカシス姐さんは『団長に反対』に一票とのこと『男娼といいところなので会議には参加しない』そうです!」

 その報告に団員の一人が指笛をならし、さらに数名が発狂したような叫び声をあげた。

 「わかった、伝言ご苦労!」

 ユキは元気よく答えた。


「参謀長と娼館長が不在ですが会議を始める! 議長は僕ユキが務める。ルーヴェント団長が本物のエフタル王女『麗騎ベアトリーチェ』姫を拾ってきた。問題は団としてコレをどう取り扱うか? だ」

 「恰好いいぞ! ユキ!」

 「女装してくれ! ユキ!」

 「抱かせてくれ! ユキ!」

 凛々しいユキに対して、団員達の拍手と喝采、口笛、床を踏み鳴らす音がホールにやかましく響き渡っている。


 困惑した表情のユキが金槌でカウンターを激しく打つと、再び皆が静まり返る。


 やれやれ、だ。


「ベアトは俺がいただく」

 俺は、深く重厚に声を響かせる。ホールはさらに落雷の後のように静まり返るが、団員達はすぐにざわつき始める。


 「まず王女を獲得してきた団長とカシス姐さんに、それぞれ金貨五枚の臨時賞与を出したい、これについて」

「異議なし」

「異議なし」

 異議なしの声がホールに響く。

 とりあえず俺とカシスの野郎には今日の働きとして、臨時賞与が出るらしい。


 ユキは会議を進行していく。

「僕の見立てで、まず『奴隷商に売る』として白金貨十枚の利益。エフタル王家に睨まれない限り、リスクは比較的少ない」

「王女様を奴隷に売るとかオメー鬼畜だろ」

「じゃあ、お前が買えよ」

 ユキの説明に合わせて、幹部団員が意見を述べている。


「次に『エフタル王国に人質として身代金を請求した場合』わが傭兵団は白金貨三十枚を吹っ掛ける、奴隷商に売る場合の三倍以上の値だ。しかし、交渉には莫大な危険が伴う、下手したら団そのものが、エフタル王国から潰されかねない」

「問題ねーだろ、交渉はカシス姐さんにまかしときゃあ大丈夫よ」

「しかし王国相手の喧嘩は面倒だぜ」


 ふむ……、という感じでユキはいったんうなづく。

「この場合成功報酬として、僕はカシス姐さんに半分の額を渡すつもりだ。それだけ困難で危険な仕事だ。そうなると団の利益は奴隷商に売った場合よりやや多いくらいにとどまる」

「カシス姐を危険にさらすのは反対だな」

「オレも反対だ」

 反対の声が相次ぐ。


「身代金より、十年契約でエフタル軍で雇用してもらないのか?」

「それもいいが、ガシアス帝国との戦いになっちゃ勝ち目が薄いぞ」

「人質じゃなくて、保護したことにすれば良いだろ?」

「エフタル王都で娼館の建設許可をとろう」

「鉱石の販売権を独占させてもらうとか」

 妥当な意見が入り乱れるが、これといった意見はない。面倒だ、そろそろ終わらせたい。

 ユキを見るとふたたびカウンターを金槌で打とうとしている。その前に、俺はテーブルを拳で叩き割り、豪快な音を響かせた。

 団員の注目が集まる。


 立ち上がると議長を務めるユキのとなりまで歩き、彼の胸元に刺さる羽根ペンを奪う。

『白金貨二十枚』

 白い紙にそう書き込み高くかかげた。


「白金貨二十枚かあ、団長いいの? そんなに……」

 ユキが申し訳なさそうに丸眼鏡の縁をさわる。

「かまわねえ、あの女は俺が買う」


 ホールを唖然とした空気が包んでいた。俺の思い切った金額に、団員のだれもが顔を見合わせている。

「皆さん、よろしいか? 団長が白金貨二十枚で買い取りたいと。現在のところ反対意見は『カシス姐さんの一票』のみだけど」


「賛成」

「異議なし」

「賛成」

「団長すげえ」

「異議なし」

「おおいに異議なし」


 一気に絶叫と口笛と拍手が巻き起こり、ふたたび飛び跳ねる者、下品な声をあげる者、走り回る者が出てくる。

 団員の意見は賛同のようだ。


 困惑顔のユキが、金槌を振り上げカウンターを激しく打つ。

 皆が静まり返る。


「決定だ! 保護されたエフタル王女ベアトリーチェ姫は黒鷲傭兵団の所有物からルーヴェント団長のっ」

「俺専属の奴隷だ、誰も手を出すんじゃねえぞ。アイツの団の中での立場は最下層の奴隷だ!」

 ユキの声をさえぎり、地に響く声を響かせ皆の顔を見た。


 ユキが体を俺に寄せ、小さい声で言う。

「なあ団長、王女を私費で奴隷として買うとか聞いたことないよ」

「ユキ、白金貨十八枚にまけろや」

 頭を強く押さえつけ、さらに小さい声で脅すように言ってみた。


「駄目だよ、団長の信用問題にかかわるから。あと、またテーブルを壊したよね」

 ユキの尻を蹴り飛ばした。


「では、緊急会議は終わりにする。お楽しみのところの方も集合いただきありがとう! 」

 立ち上がったユキが蹴られた尻を押さえつつ、金槌でカウンターを何度か打ち鳴らし会議の終了を告げる。

 会議中の騒ぎが嘘みたいに静まり、幹部団員たちは一目散に娼婦が待つ部屋に戻っていく。


 □


 その時、下っ端団員の一人が廊下を走って来る。

「団長! あの女が……王女が風呂場で暴れて大変だ! 手が付けられねえ」


「えっ、お風呂場で?」

 ユキがいち早く反応する。

「素っ裸でか!?」

 ディルトも叫ぶと、テーブルを蹴飛ばし立ち上がる。


「ヴィオラ姐さんは無事なのか?」

「風呂? 王女? ヴィオラさん?」

 ホールに残っていた団員たちが再び興奮し騒ぎ始める。

 ユキが、早くどうにかしてという目で俺を見る。


「ユキ、ディルトちょと手を貸してくれ、風呂場に行こう」

「わかったよ」

「了解っす」

 ゆっくりと立ち上がり、二人と風呂場にむかう。さらには頼まれてもいない団員達までもがついてくる。


―――

*次回、第6話は、中ほどから性的表現、性癖的表現が入ります。あからさまな描画、下品な描写ではないことは約束しますが、苦手な方は様子をみてご遠慮ください。

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