第4話 連れ帰った女が暴れる②

「傭兵団……だとぉ? 下賤の者どもがぁ……」


 そういうと王女ベアトリーチェを名乗る女は、毒がまだ抜けきっていないのか大きくふらついた。

 すぐさま、副官ディルトが駆け寄る。背後に回ると鍛え上げられた身体で両脇を抱え、彼女の体を支える。


「おい、あんた本当に王女様なのか? 侍女と入れ替わっていたのか?」

 普段は乱暴に喋るディルトも、声のトーンを押さえ丁寧に問いかけている。


 俺(=ルーヴェント)を睨みつける藍色の瞳はらすことなく一歩も引かない。にらみ合ったまま時間がたってゆく。


 彼女の無言が、なによりディルトの問いを肯定し『自分が王女だ』と認めている事だった。


(間違いねえ、本物の王女だ)


 恐らくは(本物の)侍女が機転を利かせて、互いに服を替えた後、変装した王女ベアトリーチェを逃がつもりだったのだろう。


 突如ベアトリーチェは膝を折る。副官ディルトの体にもたれかかるように崩れる。

「おい、王女様しっかりしろ。ああもう、毒が抜けてないのに、無理に体を動かすからだ、団長どうするっすか?」


「ぐう……盗賊ごときが、私に……触れるでない……」

 ベアトリーチェは、ここまできても気の強い素振りをみせる。


「だから盗賊じゃないって言ってるだろう、まったく」

 そう言われたディルトが困ったような顔を俺にむける。




「何やってんのよ、まったく騒がしい。団長はまだなの?」

 声の方をみると、露出の多い、しかし気品のある紫のドレスを纏った女が、煙管を手にホールの奥の扉をあけ覗いていた。ゆるふわに巻いた髪、おっとりとした顔つきだが、鼻筋は奇麗に整っている。


「あ、ヴィオラ姐さん、良い時にきてくれたね!」

 金庫番のユキが丸縁の眼鏡に手を当て立ち上がと、娼館経営者かつ高級娼婦ヴィオラの手を取りこちらへと連れてくる。


「どうしたんだ、この娘は?」

「俺が拾って来たんだ」

「ルーヴェントが拾った? 汚れてるし、ふらふらじゃない? 麻薬中毒者はウチでは買えないわよ、でもよく見るとすごい綺麗な目をしてるわ!」

 ヴィオラは驚いたような声をあげる。くわえていた煙管を口からはずすと、ふうぅっと紫煙を吐いた。


「盗賊団の襲撃から助けた女だ。ヤク中(麻薬中毒者)じゃないぞ、毒をくらってるんだ、薬はのませてある。風呂に入れてやってくれないか? 綺麗にしてやってくれ、風呂につかっていりゃあ毒も抜けるだろう」


 俺が説明するとヴィオラは、ディルトの逞しい体に支えられているベアトリーチェをじろじろと覗き込み観察した。

「全身血まみれじゃないかお前、大変な目にあったんだね。ルーヴェントの頼みじゃあ断れないね。ディルトさん、この娘をお風呂場まで運んでやってくれないかな?」


「了解、わかったっす」

 ディルトはお姫様だっこにして、ぐったりしているベアトリーチェを抱える。

「ディルトさん、ありがとう。さ、行きましょ。体を奇麗に洗ってあげる、替えの服は、娼婦の予備のドレスがあったはず」

 そのままヴィオラは、ディルトとともに廊下の奥へと歩いてゆく。


 ふたりの姿が視界から消えると、団員がまた騒ぎ始める。

「マジでエフタルの姫かよ! 身代金がガッポリとれるぜ」

「やっぱ高級娼婦で売り飛ばそうぜ」

「うちの系列の店で客を取らせようぜ」

「それ、エフタル王家に見つかったらとんでもねえことになるぞ」

「僕は最初から、あの人が王女じゃないかと思ってたんだよなあ、やれやれ……困った」

「おいユキ、嘘つくんじゃねえよっ!」


 俺は無責任に騒ぐ団員らを無視し、椅子に腰かけると脚を組みテーブルに肘をついた。ベアトリーチェはヴィオラの手で綺麗に洗ってもらうのを待つとしよう。


 ゆっくりとイメージをたどってゆく。


 盗賊団相手に戦うベアトリーチェの姿が、何度も脳裏によみがえる。

 先ほどの団員たちを前に放った、空を引き裂くような気迫。

 俺に挑みかかってきたときの、狂気に満ちながらもどこか澄んだ藍色の瞳。


 ―――強い女だ。

 それも……中途半端に。


(……くくくっ、くははははっ!)

 笑いが腹の底からこぼれそうで、必死に我慢した。


(中途半端なものは、……叩き潰すしかねえよ)

 



 「ん?」


 気づくと金庫番のユキが恐怖をこらえるように、かつ神妙な顔をして傍に立っていた。眉をひそめ、丸縁眼鏡の端に右手を添えている。


「ルーヴェント団長、あの王女ですが、あれは……」

 普段は砕けた口調のユキだが、おずおずと堅苦しい。


「ああっ? あの女は俺の拾いもんだと言っているだろ?」

 俺は苦々しい顔つきをつくり、怒気をわかりやすく滲ませた。


 意を決したのか、ユキは喋りはじめた。

「女は団長が拾ったものに間違いないですが、この街この敷地に連れて帰ってきた以上、まずは団の共同財産になります」

「ああん?」

 ユキを睨みつける。ユキは目を合わせきれないでサッと逸らす。

 しかし、けっして怯えてはいない。


「団員の誰が連れて帰ってこようと、家族知人でない限り、規則上まずは団のものになります。たとえ名もなき村娘であろうと王女であろうと、商取引の在庫品になりますから」


(やはり、テメエはそう来るか、まあ立場上そう来るしかねえよなぁ)


「ああ、そのあたりは団の決め事だからな、面倒くせえ」

「エフタルの王女ともなると相当強い商材になることはお判りですよね。これ重要な問題です、『団長個人の所有』ってわけには……」


 そこまで聞いて、俺はユキの襟首をつかみ持ち上げると、近くのテーブルに投げつけた。木の板が割れる音が響いた。

「ムカつくなあ、わかってんだよ。ユキてめえ、偉そうに」

 壊れたテーブルに挟まったユキが、眼鏡のズレを直しながら腰を持ち上げる。ユキを心配して団員の数名が駆け寄る。


「団の財産を扱う金庫番として僕にも責任がありますから。『王女をどうするか?』会議にかけますよ、いいですね」


(フッ……、こいつもなかなか言うもんだ)


 ユキは目も合わせきれないのに、みごと言うべきことは言ってのけた。


「仕方ねえ」

 俺は表情を崩すとユキに手を伸ばす。白く細い枝のような腕を掴んだ。

 その俺の手を握り返してくる感触があり、立ち上がって来る。

 ユキの持つ商売感覚・金銭感覚もそうだが、団のためなら相手が俺だろうと意見を述べる。

 俺はその根性を気に入っていた。


「僕の治療費とテーブルの修理費は、団長の月給から引いておくから。賞与の査定にも影響があると覚悟しといてね!」

 団員から笑い声と拍手が巻き起こる。


 「やかましいぞ、テメエら」

 ホールが静まりかえると同時に、ユキの尻に蹴りをいれた。


(さて、と)

 俺は首を何度か傾け、ゴキゴキと音をならした。


(まずは、ベアトリーチェを傭兵団の物から『俺の所有物』にしないといけねえ……)


そう、俺の所有物にだ。



*第5話 ベアトは奴隷として買われる

 第6話 ベアトを風呂場でわからせる  は12/7 18時過ぎに投稿します

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