第3話 連れ帰った女が暴れる①

 王家の侍女を肩に担ぎ、傭兵団長ルーヴェントが副官カシスとともに傭兵団の本拠地【ロンバルディア】の街に着いたのは夕方近くになってだった。


 このロンバルディアは、エフタル国の国境関門の外に自然発生的に出来た街といえる。


 はじめは通関待ちの旅人のために簡易的な宿・食事処があり、荷馬車の修理をする鍛冶屋、旅の必需品を売る道具屋などが細々と商売を始めた場所にすぎなかった。

 しかし、ルーヴェント率いる【黒鷲傭兵団】が拠点として館を立てると、じつに様々な者たちがそこへ流れ込んだ。


 旅人の宿は本格的なつくりとなり、食事処もエフタルの王都ほどではないが豪勢な料理を出すところも出て来た。道具屋は、今では鍛冶屋と提携して武器や鎧まで取り扱っている。

 ついには数軒の娼館や診療所、教会まで備える自治領に近いものになってしまった。

 

 今や黒鷲傭兵団は、自治領自警軍と商会組織をたばねる存在となっていた。傭兵団の拠点となる木造りの館も見た目はもはや『豪華な商館』であり、三十人ほどが常駐している。



 俺(=ルーヴェント)は拾ってきた侍女を肩に担いだまま、副官の女カシスと館の中に入る。


「ただいま」

 広い木造の館中に、よく通るしかし不機嫌そうなカシスの声が響く。

「あ、姐さん、お帰りです」

「団長!」

「団長!」

「団長、姐さんお帰りなさい」

 十程のテーブルがある広く天井の高いホール。奥にはカウンターがある。そこで留守番をしていた数名の団員が振り返ると一斉に立ち上がり声を上げる。


 ここは、食堂を兼ねた集会所、簡単な商談などの打ち合わせが行われる。酒場に似た雰囲気だが、トラブルを避けるため指定日以外の飲酒は禁止してある。


 見まわすとホールにいる団員の数がいつもより少ない。


 「団長、今日は『娼婦替え』の日じゃんか。みんな部屋をとって楽しんでるよ。そうそう、ヴィオラ姉さんは団長の部屋でお待ちかねさ」

 俺の様子を察したのか、赤みがかった黒髪のボブヘアーで丸い縁の眼鏡をかけた金庫番の【ユキ】が言った。


 ユキとは女みたいな名前だが、れっきとした男だ。体つきも小さく華奢で、可憐な少女っぽい雰囲気もある。

 そのため彼を狙っている団員も多い。

 ただ、実務能力は並みの男をはるかにしのぐものをもっており、団員の規律管理や、資金繰りなど商売面を任せられる頼れる部下だ。


(忘れていた、今日は娼婦替えの日だった、ヴィオラの野郎が来ているのか)


 ユキの言う『娼婦替え』とは、娼館が抱える娼婦たちを大きく入れ替えることをいう。娼婦たちがずっと同じ顔触れだとマンネリが発生し、売り上げと関わってくる。また、色恋のもつれから傷害事件へと発展することもよく聞く話だ。

 その娼婦替えを、娼館との間で取り持つのも黒鷲傭兵団だった。新しく入った娼婦のは傭兵団員の仕事で、彼らにとっては役得だった。


 部屋で待っている娼婦ヴィオラは、傭兵団直属で娼館の経営をまかせている高級娼婦である。


「団長、肩の女は?」

 聞いてきた茶髪の男の骨太の声が重い。筋骨たくましい男は自治領自警軍をまかせている男【ディルト】である。

 カシスが戦略面の副官だとすれば、このディルトは戦闘面での副官にあたる。戦場での右腕と言っていい。


「おうディルト。こいつはエフタル国の侍女だ。拾いモノだ、壊滅した輿入れ行列から俺が助けたんだ」

「ほほう、ちょいと失礼するっす」

 ディルトは立ち上がると、担がれた侍女の顔や体を覗き込んだ。居合せた団員たちも興味津々だ。


「いやあ綺麗な顔だちっすね、しかし血まみれの泥まみれじゃないっすか、早く湯船にでも入れて奇麗にしてあげてくださいよ」

「そのつもりだ。ディルトお前、女はいいのか?」

 侍女を担いだままディルトに聞いた。

「大丈夫っす、もう五人の新顔をおさえています。ゆっくり朝までやるっすよお!」

 ルーヴェントに負けず劣らずの獣のような体格のディルトである、一晩の相手も五人くらいが丁度良いのだろう。


「私も、そろそろいいですか?」

 つまらなそうな顔をしてカシスが聞いてくる。

「おお、すまねえな、今日は色々と楽しかったぜ」

「別に……」


 漆黒のショートヘアをかきあげると、俺と目も合わさずカシスは自室へ引き上げてゆく。ディルトがニヤニヤしながら俺に親指を立ててみせる。

 カシスもまた、男娼を部屋に待たせているのだろう。


「んっ、んん……、こほっ、こほっ」

 担いでいる侍女が、意識を取り戻したのか声をあげた。


(気が付いたか)

 そっと床の上におろしてやる。


「おい、あんた大丈夫か?」

 ディルトが気遣い声をかけた。


 侍女はふらつきながらも立ち上がる。本来は美しく整えられているであろう亜麻色(薄い栗色)の長髪までも血まみれ泥まみれである。

 それでも可憐というか、気品のある顔立ちだ。

 当然のことながら、自分がなぜここにいるのか、事態が飲み込めていない。腰に剣はなく、輿入れ行列を襲撃した賊に捕らえられたとでも認識したのだろう。


 侍女の足元の板が、削れるような音を立て踏みこまれた。迷いを腹に飲みこむかのごとく、爛々と輝く眼を強く見開き、空間を裂くかの気迫とともに叫んだ。


「何者だ、貴様らは! 私はエフタル王女にして王軍総帥ベアトリーチェ。エフタル国王女ベアトリーチェ・ラファン・エフタルである」


 ホールの中が、静寂と女の放つ気迫に包まれてゆく。


(やはりそうか)

 俺は犬歯をむき出しにして笑う。


 副官ディルトをはじめとして団員は、王女を名乗る女の一瞬の気合いに押されていく。しかし、それぞれ顔を見合わせると卑屈な感じで、そして小さな声で笑いはじめた。


「……は、ははは、この汚い侍女が王女様だと?」

「……こ、この女、ショックで、気が動転してるんだよ、きっと」

「だ、団長、早いとこ奴隷商に引き渡したほうが……」


 団員は女に気押されながらも、数を頼むように遠巻きに取り囲む。


 女は、ふらつきながらも背後から強大な圧を放ち、俺の元へ詰め寄って来る。


「……貴様が盗賊団の頭か、メ、メイド長の仇は取らせてもら……う」


 俺はざわつく団員に手の平を見せ、静かにするよう制止した。


「やはりお前が王女ベアトリーチェ。斬られた女は入れ替わった侍女……つまり偽物だったか、お前も侍女の恰好で死んだふりでもしていれば、毒矢も食らわず助かったのに、馬鹿な女だ」


 拳を手のひらで包み込み骨をならす俺を、ディルトがまあまあという感じで制する。彼は言葉をつづけて王女にかけた。


「落ち着いてくれ、俺たちは盗賊団ではない、黒鷲傭兵団だ。あんたは毒に倒れたところを団長から助けられたんだよ」


「傭兵団……だとぉ? 下賤の者どもがぁ……」

 王女ベアトリーチェを名乗る女は、毒がまだ抜けきっていないのか大きくふらついた。


 しかし、言いようのない気品と気迫をたたえているのは明らかであり、予想外の事態に誰も動けなくなった。


 そして、俺を睨みつける藍色の瞳はらされることなく一歩も引かない意思をみせている。


(やはり、いい気迫を放ちやがる。王女ベアトリーチェ、……面白くなってきたぜ)



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