第2話 ベアトの輿入れ行列は襲撃される

 国境近くの緩衝地帯、霧の立ち込める深い森。

 

 街道を取り囲むように潜む百名近い盗賊団。そこを進む王女ベアトリーチェの輿入れ行列、護衛に着く兵は三十。

 わずかに距離を置き、茂みに潜み見物を決め込む傭兵団長ルーヴェントと女性副官カシス。


 かすかに漂う、苦い匂い。


 ―――ここからは傭兵団長ルーヴェントの視点で物語は進む。


 輿入れ行列の中央付近、おそらくは王女ベアトリーチェの乗った馬車を守るエフタルの近衛兵長が気配に気づいたのか抜刀する。


「潜むは盗賊か! 王女ベアトリーチェ様の輿入れと知っての狼藉か!」

 霧深い、国境近くの森に戦闘の気配が立ち上った。


 張り詰めた空気をやぶり、弓を抱えた百名の盗賊団が立ち上がる。護衛の兵士めがけ一斉に矢が放たれた。


(あれは毒矢! 匂いの正体は毒矢か、盗賊団のやつら覚悟キメてきやがったな)


 矢を放ち、武器をそれぞれの物に持ち替えた盗賊団が一斉に襲いかかっていく。

 一気に街道沿いは乱戦となる。


「盗賊団も倍の戦力差を活かしたいところですね。上手くやれば王女の身柄をとれるかもしれません」

 副官のカシスが狼のように澄んだ目つきで、冷静に状況を見つめる。

「上手くやればな」

 俺は肘を地につき指を顎にかける、さらに目立たぬように体を茂みに潜ませる。


(王女を人質に身代金の交渉を行えば、相当額の金を得る事ができるだろうが……国相手の取引はリスクが高すぎる。まあ、このカシスなら上手くやるかもしれんが)

 わずかに風が吹き、カシスの黒髪のショートヘアをなびかせる。その鋭い横顔をしばらく見つめた。


「なっ、何を見ているんですか」

 視線に気づいたカシスが、慌てたように表情を崩し狼狽する。

「お前は状況だけをしっかり見ておけ」

 カシスの頭を拳骨で殴った瞬間、戦場の空気が変わるのを感じた。


(馬鹿が、隠れていればいいものを)


 白いドレスを纏った王女が、剣を振りかざし馬車から降りてくる。

 盗賊団のひとりが、その王女に斬られた。

 毒矢の奇襲をうけた行列護衛の兵は、身動き取れなくなっている者も多く、混乱におちいっていた。兵数も半数近くまでに減っており、なかにはすでに逃走している者もいる。

 それでも王女自ら盗賊と戦うなど、悪手もいいところだ。


 ふいにカシスの手が俺の腕を掴んだ。

「団長、あの侍女、……見て下さい」

 その視線の先には、剣を取ったひとりの侍女がいた。王女に続いて馬車から飛び降りて来たのだ。白いドレスを纏った王女を守るように次々と盗賊たちを切り捨てている。


(いい腕だが、もうこれ以上は戦うんじゃねえ、早く場をおさめて交渉に入れ……ああっ)


 血しぶきがあがり、白いドレスを着た王女が斬られた。悲鳴をあげて王女は倒れる。

「あはっ、王女、斬られましたよ」

 カシスは嬉しそうに声を殺して笑っている。


(エフタルの麗騎ベアトリーチェもここまでか。いや……しかし、あの侍女)


 ルーヴェントとカシスの眼を引きつけた侍女。地味目のメイド服に身を包んだ若い女性が盗賊を切り捨てていく。

 敵味方入り乱れた乱戦のなか、侍女の亜麻色の長い髪がみだれ、火花を散らし剣線が走ってゆく。


「強えぞ、あの女……」


 つぶやく俺の腕を掴むカシスの手に力が入る。

「エフタルの王宮剣術の使い手でしょう。確かに強いですが、私にすら勝てないと思います。間違っても助けにいかないでくださいね」

 そういうとカシスは、切れあがった目で俺を睨みつけて来た。



 野盗が三人がかりで、倒れた王女を担ぎ連れ去っていく。金目のものを剥ぐ為にも侍女から引き離す必要があるのだろう。

 その事態に、侍女は絶叫に近い金切り声をあげ王女を奪い返そうと剣を振るう。

 目の前の男を袈裟に切り、回転すると後方の男の胸を突いた。剣が胸から抜けない。短刀を懐から出すと、さらに行く手をさえぎる男の首を掻っ切る。

 

 返り血を浴びながら、侍女は違和感を感じたのか自分の腕に目を移している。

 左二の腕に毒矢が刺さっていた。


 盗賊団の撤退の合図だろうか、鳥の鳴き声に似た笛の音が鳴り響く。護衛の兵を壊滅に追い込み、王女の遺体と略奪品を手に手早く撤退していく。

 盗賊団からすると、上々の戦果だろう。なかなかに良い動きをする者が数名いた、しかし、俺の視線は例の侍女に捕らわれていた。


 毒が全身に回ったのか、足元がふらつき身動きが取れなくなっている。それでもなお、短刀を放さず、逃げ去った盗賊団のほうへ足を向け進もうとしている。


(おいおい、王女付きの召使いごときが、いい気迫じゃねえか)

 カシスの腕をふりほどき茂みから駆け出した時、血と泥にまみれた侍女は静かに倒れた。




 駆け寄り、意識のない侍女を懐に抱き上げる。血と泥にまみれたメイド服の肩の部分を破ると、無理矢理に毒矢を抜いた。自分の肩にさげた商人風のカバンから水筒を取り、傷口を洗い流す。毒消しの膏薬を塗り、白布で縛った。


 イラつきを隠せない様子でカシスが俺の横に来る。


「何をしてるんです。毒が全身に回ってるんです。助ける必要はないでしょう、薬が勿体ない。さあ、帰りますよ」

 俺はカバンから丸薬をひとつ取り出し、カシスに手渡す。


「これは?」

「毒消しの特効薬だ、お前が口移しで飲ませてやれ」

「なんで、こんなつまらない女を助けるのですか」

 カシスは獣のような目で俺をにらみ上げ、奥歯を噛みしめる。そこには、はっきりとした俺に対する憎悪の色が見えた。


「わたし、嫌……です」

 丸薬を捨てようとしたカシスの頬を平手で強くうつと、細い顎を掴んだ。

「なら俺が、口移しで飲ませたほうがいいのか? お前の目の前で」

 掴んだ顎に力をいれて何度も揺さぶる。


 カシスは、俺の手を払いのけると返事もせずにしゃがみ込む。半開きに口をあけると、水筒の水と共に丸薬を含む。そのまま目を閉じ、侍女に唇を深く重ねてゆく。

 まず舌をつかい乱暴に薬を押し込むと、つぎに唾液のまざった水を流し込んだ。


 侍女の喉が上下に動いている、とりあえず薬は飲みこんだようだ。


「この女は俺がもらう、帰るぞ」

「知りません……お好きにどうぞ」

 カシスは斜め上空に視線をうつし、投げやりな返事を返してきた。こちらを観ようともしない。

 

 濃い霧がふたたび毒と血の匂いを包み込むまで、もう少し時間を要するだろう。


「帰るぞ」

 もう一度そう言うと、ぐったりとしている侍女を肩に担ぎあげた。



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