「追放された王女」は「最強の傭兵団長」に奴隷として買われる

天音 朝陽(てんのん ちょうよう)

第一章 王女は傭兵団長に奴隷として買われる

第1話 ルーヴェントとカシスは森に潜む

 曇った空は低く、重い。


 国境近くの緩衝地帯。

 大木の立ち並ぶ深い森は、わずかに霧が立ち込めている。

 そして、かすかに苦い匂いがする。


 森の中の街道を取り囲むように、百人近くの盗賊団が身を潜める。全勢力をあげての勝負をかけるとでもいうのか、気配も消せず気負いを隠しきれていない。


 更に、そこからわずかに距離を取り、茂みに潜む男女。

 年齢はともに二十代前半といったところ。


 男は商人の身なりをしている。

 しかし、その屈強な体格と黒髪、鋭い目つきに通った鼻筋は精悍そのものである。彼が放つ獣の気配は、戦いに身を置く者であると雄弁に語っている。


 女は黒い皮鎧にハーフパンツとひざ丈のブーツ、指ぬきの皮手袋。黒髪ショートヘアに白い肌。その整った顔つきは聡明さを物語っている。

 しかし彼女の眼も、獲物を前にした獣に似ていた。


「だ……団長、こんな時に、やめて下さい」

 女は少し体を震わせ、黒い皮鎧のスキマから胸に差し入れる男の武骨な手を払いのける。

 団長と呼ばれた男は、低い声でつぶやく。

 子宮に響くかのように、低い声で。

「なかなか、やって来ないな」


「情報屋の話だと、もう少しで来るはずですが」

 女も澄み通る良い声だ。


「ちっ、早く来すぎたぜ。すまねえなカシス、休みの日につき合ってもらって」

「私はかまいません」

 カシスと呼ばれた女は、わずかに頬を赤らめると、わざとらしく横を向いた。


 男の名は【ルーヴェント】、傭兵団の団長である。

 つい先日『盗賊団が、エフタル王女の輿入れ行列を襲撃する』という話を情報屋から入手したところだ。

 上手くいけば何か拾いモノがあるかもしれないと、団の副官である【カシス】を誘って見物にやってきたのだ。


「エフタル国からの輿入れって言っても、降伏の証としての人質みたいなもんだろ?」

「そうです、人質です。惨めなものですよ、敵国ガシアス帝へ二十五番側室としての嫁入りですから……実質はハーレムの性奴隷として売られたにすぎません」

 カシスは猫のような表情で笑い、王女の不幸を喜ぶような素振りをみせる。


 相変わらず、かすかな苦い匂いが漂っている。



 さて、ハーレムの性奴隷というカシスの言葉は過激だが、今回の輿入れの実態はそうだ。

 この世界では奴隷や娼婦の売買が普通に行われている。


 輿入れの王女【ベアトリーチェ・ラファン・エフタル姫】は『エフタル軍の麗騎ベアトリーチェ』と呼ばれた十八歳の若き姫騎士だった。


 ルーヴァスはかつて戦場に赴くベアトリーチェを遠くから見たことがある。

 一騎当千といえる強い意志のやどる眼に、銀のサークレットが亜麻色の髪を飾り、ドレスの上に白銀の鎧を身にまとった凛々しく勇壮な姫であった。


 以前よりエフタル国は、有能な先代王のもと敵国ガシアスと対等の戦いを繰り広げていた。

 しかし、その先代王が病に倒れると後をついだ王子は甚だしく無能であった。ガシアス帝国との戦いは妹である王姫ベアトリーチェの奮闘により一進一退で踏みとどまっていた。


「ベアトの野郎は、五倍の戦力差をひっくり返したんだろ? 緒戦では」

 ルーヴェントは野太い声でカシスに問う。

「ええ、この前の戦いではベアトリーチェ姫の率いる王軍第二部隊が鬼神の働きをみせたようです」

「なんでそこからエフタル国は上手く和平交渉にもっていかなかったのかね。まさかの全面降伏だぜ? 理解に苦しむよ」


 ベアトリーチェ姫はルーヴェント達が聞いたように、ガシアス軍との五倍の戦力差を覆して勝利をおさめた。それにもかかわらず、ベアトリーチェの兄であるエフタル国の王【グスタフ】はガシアス帝に全面降伏を申し入れたのだ。


「戦力差に恐れをなしたのだと思われますが、おそらくグスタフ兄王の真の目的はベアトリーチェ姫の追放ですね」

「人気者の妹ベアトを追放して国の実権を確かなものにし、ガシアス帝国の庇護下に入るか。……無能者のグスタフ王にしちゃあ良い戦略だと思うがな」

 そういうルーヴェントにカシスは顔を近づけ、怒り気味に言葉を返す。


「良い戦略ですって? 馬鹿じゃないですか? 普通に考えて下さい。ガシアスが協定をやぶって攻め込めば、エフタルは終わりです」

「わかってるよ、お前がどう返すか試しただけだ。顔を近づけるな」

 ルーヴェントは野太い腕をまわし、カシスの柔らかい喉元を指先で撫でた。


「団長……」

 隊列の気配を感じとったカシスが目で合図を送る。

 二人の視線の先、森に潜む百名の盗賊団には明らかな緊張が走っている。


「いよいよ輿入れ行列が来たか」


「だ、だから、やめて下さいって……」

 ルーヴェントの指先が、喉から襟もとへと下り鎖骨を撫でる。滑るようにカシスの皮鎧のなかへ割り入っていた。


 霧が立ち込める森の中、視界の中に先頭を進むガシアス帝国の騎兵が入って来る。


「ガシアスの騎兵に、エフタルの近衛兵も護衛についていますね、数にして五十ほどでしょうか」

「数の上では盗賊団が有利だな、脅して金目のものをガッツリ奪う気だろ。姫の身柄まで押さえられたら上出来だろうが」


「は……ぃ」

 それなりに膨らんだ柔らかいところ。そこを掴んだルーヴェントの武骨な指が動くと、カシスの息がわずかに乱れかかる。


「いいか、カシス。目を凝しとけ、いい動きをする奴がいたらウチの団にスカウトするぞ」

「は! はい、わかってます……んっ」

 をかすめるように爪先で搔き、ルーヴェントは襟元から手を引き抜く。

「わかっています」

 カシスは呼吸をととのえ、従順にもういちど返答した。


 そして、しつこいように漂う苦い匂い。




 輿入れ行列の中央付近、おそらくは王女ベアトリーチェの乗った馬車を守るエフタルの近衛兵長が気配に気づいたのか抜刀する。


「潜むは盗賊か! 王女ベアトリーチェ様の輿入れと知っての狼藉か!」

 霧深い、国境近くの森に戦闘の気配が立ち上った。


 張り詰めたような空気をやぶり、弓を抱えた盗賊団が立ち上がる。




***

第1話を読んでいただきありがとうございます。

文体は以後このような、やや硬質な感じです。


この物語は原稿が完成しており、第48話(2024/01/17投稿)でハッピーエンドを迎えます。

傭兵団長、カシス、ベアトリーチェの恋愛を交えたうえでの、王女ベアトリーチェの逆襲のお話です。前半ベアトリーチェは大変な目に合いますが中盤あたりから反撃に転じていきます。

一話ずつ読むより、章で読まれたほうが面白いかなと私は思います。


刺激的な性的描写や暴力描写もありますが、下品な表現は用いておりません。また、その際は明確に『この回はそういう描写があります』と注意喚起をしております。

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