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 さらりと出てきた言葉に、私は心臓を鷲掴みにされたように感じた。挑文師にとって最大の禁術を使われた者のことを、私たちは「罪」と表現する。

「罪の保護?誰か、禁術を使ったの?」

 私の言葉に含まれていた焦りに、寧月が気づいたようだった。こちらをちらりと伺い、そして言う。

「禁術を使ったのは鵺です。罪は、かの有名な案件、ルリビタキのことですよ」

 鵺というのは挑文師の始祖だと言われている者の名前だ。挑文師ネームが「鵺」で、その本名は誰も知らない。

「人間の名前は?」

「御子柴ルイだそうです」

 ルリビタキは鵺が禁術を使った子どもだ。ルリビタキは黄昏の監獄に鵺と共に収容されていたと聞いている。私たち挑文師は人の名前と同時に、スクールで使われてきた鳥の名前を持っていた。ときに隠語としてその名前を使うことが多い。私の場合は、ニオと呼ばれていた。


「御子柴ルイを保護するために、結婚せよということですか?一体いくつの子どもですか?」

「まだ園児くらいの年齢では?あの事件があったのは、5年前です。そこから育ったなら」

「順当に成長するものでしょうか?もし小学生くらいだったらどうするの。私たちの子どもと言い張るには、厳しいかもしれません」

「そこは、いかようにもなりますよね?」

 たしかに、しようと思えばいかようにも出来る。私たちは市井にまみれるのが得意だ。紛れるための変身術は身につけている。だとしても、労力がかかるのには違いない。表の仕事をそれぞれ抱えているのだから。

「どうして、乗り気なんですか?」

 もう一度聞いてみる。


 すると、寧月は人差し指でおいでおいで、と合図をした。視線を合わせて欲しい、と言った合図だ。「あやとり」をするつもりだと思う。私が言われるままにその色素の薄い瞳を見つめたら――――

 視線をバチンと合わせてきて、寧月の瞳に鳥の文様が浮かびあがってきた。

 次の瞬間、寧月の目の中に暗い部屋を見る。

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