第六章 1 王都帰還


 このわけのわからない乙女ゲーム、キュンキュン・ラバーズファンタジーの世界に飛ばされて半年。ヒロインを突き飛ばして危害を加えようとした罪により、公爵令嬢だった私は第二王子のジルベール殿下との婚約を破棄され、辺境の砦送りになった――。

 

 思い返せば大変だったわねー、なんて悠長に考えながら窓の外を眺める。降り続く雨のせいで馬車の進みは遅い。砦に送られる時には囚人扱いで、途中で魔物に襲われたんだっけ。


 バトルゲームで鍛えていなかったら、私はあの時点でゲームオーバー。この世界からは人知れず消えていたかもしれない。乙女ゲームの世界だろうが、なんだろうが、最後に勝利するのはやっぱり筋肉とパワーなのねっ! なんて脳筋なことを考えながら、ほえーっと気の抜けた顔をしていると、フッと笑う気配がした。

 私は瞬きして、向かいに座るジュリアンを見る。


「ごめん、君が楽しそうだったから」

「それはそうよ。だって……っ」

 ジュリアンと一緒に馬車で旅ができるんだから、なんてことは言えなくて私は赤くなってモゴモゴと口ごもる。

「王都に戻るのは久し振りだろうから、到着したら公爵邸まで送り届けるよ」

「公爵邸……あっ、そうね……お母様やお父様にもご挨拶しないと」

 私はすっかり失念していたことを思い出して、スカートをギュッと握る。

 だけど、きっと歓迎されはしないだろうなーと、憂鬱な気持ちになる。なにせ、第二王子の恋人であったレリアこと、カリエール嬢を突き飛ばした醜聞により、公爵家の家名を汚し、貶めた問題児ってことになっているんだもの。


 五年は戻らないはずだったのに、戻ってきた――なんて知ったら、きっと激怒するに違いないわ。屋敷に入れてもらえるかどうかすらもわからない。最悪、馬小屋で寝起きしろ――なんて言われたらどうしよう。そんな想像を巡らせて意気消沈した私は、無意識にため息を吐く。


「公爵邸に戻るのが気が進まないようなら……一緒に来るかい?」

 ジュリアンの言葉に、「えっ!」と顔を上げる。

「狭くて古いんだけど、私の別宅がある。王都にいる間は私もそこに滞在するつもりなんだけど……ただ、その……君と私が一緒の屋敷にいることが噂で広まるのは、あまり君にとってもいいことじゃないような気がして……」

 困ったような表情を見せるジュリアンの言葉に、私もパッと赤くなる。

 

 それはそうよね。私がジュリアンの愛人として同棲しているみたいに思われる。 

 辺境に送られたくせに、第一王子をたらし込んで王都に舞い戻ってきた、なんて噂されるに決まっているもの。どんな悪役令嬢よーって、まあ、その類いであることは間違いないなんだけど。プロローグにも書いてあったんだから――。


 今さら、私がなんて言われようともかまわないし、これ以上評判なんて落ちようがないから気にしない。だけど、そのせいでジュリアンのことが悪く言われるのは我慢できない。ジュリアンの評判に傷をつけるような真似はしたくなった。


「大丈夫よ! 久し振りの我が家で、とっても楽しみにしているんだから。会いたい……犬もいるし!!」

「顔が引きつってるよ? 本当に大丈夫?」

 ジュリアンが頬杖をつきながら、フフッと笑う。自然な笑い方で、私はそれだけで胸がキュンッとする。

「もちろん。だって、私はルバントールの砦の一員よ?」

 馬小屋だろうが、納屋だろうが、屋根裏部屋だろうが、兵舎暮らしに比べたら楽勝よ。野宿だって訓練ですっかり慣れている。

 胸を張る私を見て、ジュリアンはまた「そうだね」と笑っていた。


「……ジュリアンは王宮には戻らないの?」

 私はそのほうが気がかりだった。第一王子であるジュリアンは、当然王宮に戻るものだと思っていたから。国王陛下や王妃様に謁見しないのかな。

「王宮ではあまり自由に動けないから……監視の目もあるしね」

「あっ、そうね……」

 ジュリアンが王都に戻ることを決めたのは、弟のジルベール殿下の婚約披露パーティーに出席することだけが目的じゃない。それは王都に戻るための名目。本当の目的は、イブロアの内通者を見つけ出すため。いったい、王都で何が起こっているのか、それを自分の目で確かめたかったからだ。


 私が戻ったのもジュリアンをサポートするためであって、公爵邸に里帰りするためでもない。私もやれることをやらないと。

 イブロアの軍が砦に攻め込めば、そこでジュリアンは命を落とすことになっている。それを回避しなきゃいけない。絶対に――。


 私は密かに唇を強く噛む。たとえ、それがこの世界で変えられない運命で、必要なシナリオだったとしても。理由なんて、私がこの人に生きていてほしいからって言うだけで十分だ。それに、砦にいるみんなも、無駄に死なせたくない。あそこにいるのは、もう私の大切な仲間たちだもの。


「ジュリアン、必要なことがあったら何でも言って。どんなことでもやるわ」

「ありがとう。だけど、たぶん君には……ちょっと辛い役目になるかな」

「平気よ! 潜入捜査だって、なんだってやるわよ」

「実はその、パーティーに一緒に行ってもらいたくて……」 

 ジュリアンはコホンと咳払いをして、言いにくそうに答える。

 私は「パーティー?」と、目を丸くしてききかえした。

「私のパートナーになってくれそうな人を、君以外に思いつかなかったんだ」

 人差し指を唇に当てると、ジュリアンはイタズラっぽく笑う。


 それって、つまり――私がジュリアンと一緒に、あの婚約パーティーに出席するってことよね? 

 ようやく自分の役目に気付いた私は、真っ赤になる。

 そんな、婚約でもないのに――っ!


 でも、私でいいの!?

 いや、よくないでしょう! だって、私だよ? 

 悪役令嬢として評判最悪の、ジャンヌ・ド・クロエだよ?

 

「実は名目上、君は私の副官ってことになってる。だから、君が王都に戻ることも、パーティーに出席することも問題はない。何か言われたとしても、任務だからで通せばいい。ただ、噂では……色々言われるだろうから、君が不快な思いをするかもしれない」

「私がジュリアンの副官……」 

 私って、そんな重要ポジションだったの――っ!

 臨時かもしれないけれど。


「平気よ! 今さら、悪評が増えたところでどうってことないもの。それより、私が一緒でもジュリアンは大丈夫? それこそ、嫌な思いするかも……」

「それはない」

 ジュリアンははっきり答えて微笑む。私といるの、嫌じゃないって意味だよね。

 私はその言葉に安心して、笑みを浮かべた。


 私もだよ――。

 ジュリアンが一緒なら何を言われたっていい。戦場だって、王宮のパーティーだって、怖くない。そう言ったら、ジュリアンはどんな顔をするんだろう。

 

 話をしているうちに、王都の城門が見えてくる。

 こんなふうに戻るなんて、追い出されるように王都を出た時には、想像もしていなかった。


 

 

 

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