第五章 4 ワイン蔵

 私は大きな洗濯カゴをいくつも積んだ手押し車を推しながら、通用門に向かう。「おい、待て」と、引き留められて少しビクッとしながら足を止めた。

「は、はい?」

 カゴの中を調べられたら困る。そうなったら、私はこの手押し車の中から見えている洗濯板で、この兵士の頭を殴るしかない。私が身構えていると、兵士は辺りをキョロキョロと見回してから、顔を寄せてきた。

「中の魔獣騒ぎはどうなっているんだ?」

 どうやら、門番の兵士には魔獣が出現したという情報しか伝えられていないみたい。それはそうよね。パーティーのために参加する他の領地の貴族たちも集まり始めているのよ。城内に魔獣が出るなんて噂が広まれば、みんな逃げ出して、パーティーどころではなくなってしまう。魔獣騒ぎは秘密裏に片づけたいから、まだ多くの兵士には伝わっていないんだわ。

 

 私は「ええ、ああ……まだ見つかっていないみたいですよ。私は危ないので、今日は戻るように言われたんです」と、笑顔で取り繕う。

 兵士たちは「そうか。食われたやつもいるんだろう……」と、不安そうな顔をする。

「そりゃもう! 私もちょっと見ましたけど、そこかしこ血まみれで……死体はみつかっていないんですけど、きっと骨も残っていないんじゃないかしら! 今頃、魔獣のお腹の中……」 

 私は震え上がりながら、コソコソと話をする。兵士たちは「うぐっ」と、声を詰まらせて早く行けと言うように手を振った。

 

 私はニンマリして、「ご苦労様でーす」と通用門を取り抜ける。そして一度振り返ってから、急いで手押し車を押した。

 

 ただ、問題なのは、ここからどうやって城外に出るかってことよね。日暮れには、私が北の塔からサーラたちを連れ出したことがばれるはず。洗濯物の下から顔を覗かせたサーラ「ジャンヌ……」と、小声で私を呼んだ。

「どうするつもり?」

「そうね……それを考えているのよ……」

 取りあえず、今日中に脱走するのは無理かもしれない。だとしたら、どこかに隠れて夜になるのを待つほうがいい。私がサーラたちを連れ出して逃亡したことは、その頃にはすっかりバレているはずだから、警備は厳重になるわよね。私は「困ったな」と、ウロウロ歩きながら呟いた。うまく逃げる方法は――。

 うーんと悩んでいた私は、女中たちの話を思い出した。明日、酒蔵にワイン樽が運び込まれるのよね。パーティーのために、領主が仕入れたワインだ。ワイン樽が運ばれてくる日は、かわりに空のワイン樽が運び出される。それは業者が回収して城外に持ち出すはずよ。馴染の業者だから、疑われることも少ない。


 私は「これよ!」と、手を打ってシーツをめくった。カゴの中で膝を抱え小さくなって座っているサーラに、「うまい方法を思いついたわ」とウィンクしてみせた。


 ワイン蔵は広くて、滅多に人が来ない。一晩隠れているには丁度いい。

 私たちは人目を避けてワイン蔵。案の定、ワイン蔵の出入り口のそばには、空になった樽がいくつか並べておかれていた。狭くて窮屈かもしれないけど、一晩くらい我慢しなきゃ。私たちはその中に身を潜め、夜が明けるのを待つことにした。


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