第五章 2 脱走計画
その日の日暮れ――。
兵士が訓練から戻る頃合いを見計らい、私は兵舎の前で大きな悲鳴を上げる。大騒ぎする私の声を聞きつけた兵士たちが、「おい、どうした!?」と走ってきた。すぐに異常に気付いたのか、全員がざわつき始める。地面に倒れた私は、怯えた表情を作り震えながら宿舎の裏手の方を指差した。
「さ、さっき……ま、魔獣が現れて……っ!!」
私が涙ぐみながら訴えると、兵士たちが「魔獣だと!?」と顔色を変える。
「おい、どんな魔獣だ!」
「こ、怖くてよく見ていないんです……で、でもその魔獣に襲われた人が、そのまま連れて行かれてしまったんです。大きなトカゲのような……魔獣でした!」
「襲われた……この血はそれか……」
兵士たちは地面に撒かれた血を見て顔を見合わせて相談し合っていた。その血は兵舎の裏手の方まで続いている。
「この城内に魔獣が入り込むとは……おい、急いで探せ!」
隊長が命令すると、すぐに他の兵士たちが返事をして血の跡を辿るように駆け出した。「あんたは兵舎にいろ!」と、言われて私は今にも気を失いそうな顔で頷いた。
兵士たちがバタバタ走っていくのを見送ってから、私は「さてと……」とスカートについた土を払って立ち上がる。今のうちよ――。
あの血は宴会用に処理されたブタの血だ。納屋に残された桶に血が残されていたから、それをちょっとばかり拝借して派手に撒いておいたのよね。兵士が魔獣探しに奔走している間に、私は北の塔に向かう。地下牢の入り口があるのは把握済みだ。兵士たちが何度か出入りしていたし、北の塔の周りは四六時中警備が厳重だ。
サラたちが処刑される前に、助け出さなきゃ。あの兵士たちも魔獣をしばらく探して見つからなければ一旦戻ってくるだろう。それほど時間はない。私はナイフだけをスカートの中に忍ばせて塔へと向かう。
入り口を警備しているのは二人――。
私が息を切らしながら駆け寄ると、二人とも「おい、ここは立ち入り禁止だぞ」と警戒を露わにする。
「そ、それが今……魔獣が現れて……隊長さんたちが捜索しているんです! それで、あたしが知らせてくるように命令されたんですよ!」
私は息を整えながら早口で言うと、二人とも「そんな馬鹿な!」と驚いて困惑している。「おい、どうする……」、「どうするもなにも、持ち場を離れろとは指示されていないだろう」と、ゴソゴソと話をしているのが聞こえてきた。末端の兵士は、指示がなければ勝手に動けない。「隊長さんたちは、魔獣退治に加わるようにおっしゃっていましたけど……行かなくていいのでしょうか?」と、私は不安そうな顔を作って切ってみる。
「俺たちもか?」
「本当に隊長がそう言ってたのか?」
「ええ、城内に入り込んだ魔獣が人を何人も襲っているみたいで……」
「そんなに被害者が!?」
二人も「しょうがねえ、行くか」と、相談し合ってから塔の入り口を離れて走り出す。あの二人が隊長と合流すれば、すぐにそんな命令をしていないことはバレる。これで失敗すれば、私の身も危なそうね。
私は汗ばんでいる手を握り締めて、誰もいなくなった塔の入り口の扉を押し開いた。塔の中はひんやりとして涼しい。石の階段が、地下へと通じている。この下が地下牢だ――。
私は扉を閉めると、階段を駆け下りていった。
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