第五章 1 処刑

 敵の砦に潜伏して三日。兵舎の大掃除という悲惨な難仕事を片づけた私は、実のところ、兵士たちの心をガッツリ掌握することに成功したらしい。『こいつは驚いた。あんた一人でやったのか?』と、夕方やってきた兵士たちは全員が呆気に取られていた。もちろん、大変だったわよ。言葉に言い表せないくらい。私はクタクタヘロヘロになりながら、笑ってみせた。汚部屋は見違えるくらいに綺麗になったけど、かわりに私はボロ雑巾のようになってしまっている。早く、サーラを救出して砦に戻り、あの秘密の温泉に朝から晩まで浸かっていたい。だって、全身なんだか痒い気がするんだもの! 

 

『なかなか、使える新人じゃねーか。明日も頼むわ!』

 ニッと笑った兵士に肩を叩かれた私は、「は、はあ……」と疲れた返事をする。心の中で『よし、顔パスゲット!』と、喜んだことはもちろん彼らは知らないだろう。


 というわけで、私はそれから三日間、続けてこの兵舎に来ていた。兵士たちにも顔を覚えられたらしく、歩いている「お嬢ちゃん、また来てんのか」と気さくに声をかけられる。私はできるだけ愛想よく「お疲れ様でーす」と、挨拶しながら訓練場の近くを通る。


 日中、兵舎には誰もいない。私は兵舎の中に入ると、隊長の部屋に向かった。隊長は今、領主に呼び出されていていない。調べるなら、今が絶好の機会だ。私は扉を開いて中に忍び込むと、シーツの入っているバスケットを下ろして、机に駆け寄る。書きかけの手紙や書類を急いで調べ、その中から一通を取り出した。王都からの手紙だった。


 辺境防衛の任務を任されたドールマン将軍という人が、近々王都からやってくる。名目は領主の娘の誕生日祝いのためということになってるけれど、おそらく、本格的にフロランティアスへの侵攻を進めるためだ。その人がやってくる前に、できればサーラたちを救出したいところね。私が他の書類を見ていると、廊下の方で足音が聞こえた。


 うそっ、昼間には誰も帰ってこないのに――。

 隊長の部屋は入るなときつく言われている。それなのに、こんなところを見られたら、私までスパイ容疑で捕まるじゃないの! 私は焦って、奥の寝室に駆け込んだ。寝台の下に潜り込んで耳を澄ます。

 

 隊長の部屋のドアが開く音と人の話し声が聞こえた。

「まだ、口を割らねーのか。あの女」

「はぁ、強情な女でして。他の男も拷問にかけているのですが……しぶとい連中です」

「ったく、手を煩わせやがって。手足をぶった切られたら、しゃべり出すかもな」

「本当に隣国の手の者なのでしょうか。ただの山賊という可能性も……」

「だったら、奪った金品をどこかに隠してるはずだ。そいつを吐かせればいい。どっちにしろ、素性が怪しいやつは徹底的に取り調べろという領主様のお達しだ。しっかり見張っていろよ。逃がしでもしたら、俺たちの首が飛ぶんだ」

 聞こえていた会話に、私は息を呑む。それって、サーラや他の兵士のことよね。 会話からして、もしかしてまだ完全にフロランティアスの兵士だとはバレていないのかも。怪しまれてはいるけれど、確証がないというところなのかしら。きっと、サーラも他の兵もまだ自白していないんだ。


「一人処刑してやれば、恐れをなして口を開くかもしれねーな。そうだな……あの女を引きずり出して、見せしめに火あぶりにでもしてやるか」

「いつ、行うつもりです?」

「お嬢様のおめでたいパーティーを血で汚すわけにはいかねえ。パーティーが終わってからでも遅くはねーだろ。どの道、あの地下牢からは逃げられやしねえ。将軍様が来られるんだ。一応は、指示を仰いだほうがいいかもな」 

 サーラを処刑するですって!?

 私は思わず上げそうになった声を飲み込んで、両手で口を押さえた。

 そんなこと、絶対にさせられない。あまりのんびり、偵察している時間はないのかも。私はいつでも逃げられる態勢を取りながら、音を立てずにジッと聞き耳を立てていた。人声と足音は寝室のドアの前を通り過ぎ、廊下の方へと遠ざかる。

 私は完全に足音が聞こえなくのを待って、埃っぽいベッドの下から這い出した。

 

 急いで、アルセーヌさんに連絡を取りたいけど――。

 今、外とやりとりするのは危ないかも。だとしたら、私一人でやり遂げるしかない。


 

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