第四章 8 洗濯女中

 近々、領主のお嬢さんの誕生日の祝賀パーティーが開かれる。そのための準備で、城の使用人たちも大忙しのようだ。私が臨時採用されたのは、掃除や洗濯をする下働きの女中さんだ。アリシアさんの名前を借りて、私はアリシア・ルーナンと名乗っている。素性をあまり調べられなかったのは、それだけ人手が足りていないからみたいね。それに、掃除や洗濯を行う下働きの女中だから、出入りできる場所も限られている。もっとも、その分なかなか酷い待遇ではあるんだけど、贅沢は言っていられない。

(サーラたちのほうがひどい目に遭わされてるんだから……これくらい、なんともないわよ!)

 井戸のそばでシーツを洗っていた私は、大きな桶を抱えて「よいしょ」と立ち上がる。そばでは、古株の女中たちが手を休めて世間話に花を咲かせていた。聞こえてくるのは、今度のパーティーはお嬢様の婚約者選びの場だとか、どんなドレスを着るつもりなのかとか、そんな話だった。


(表向きはいたって平和なもんだわ……)

 捕虜を捕らえたという話は聞こえてこない。といっても、ここで働いている女中たちは領主や奥方、お嬢様たちのお世話をしている女中たちばかりだ。捕虜や兵士のことは聞かされていないのかも。

(私の役目は……とにかくサーラたちが捕らえられている地下牢の場所を調べることね……)

 となれば、兵士たちが常駐している城内の北側に行ってみる必要があるのかも。だけど、そちらは警備も厳重で女中がうろついていたら不審に思われるかもしれない。迷子の振りでもしようかしら――なんて考えながら、私は桶を抱えて移動する。


「新入りのあんた」

 古参の女中に呼び止められた私は、「はい?」と振り返る。

「それが終わったら、兵舎の方に行っとくれ」

「えっ、へ、兵舎ですか!?」

 私は驚いて、思わず大きな声を上げる。古参の女中たちは顔を見合わせると、意地悪く笑い合っている。

「ああ、兵士どもの寝床のシーツを回収してきてほしいんだよ。それを今日中に全て洗って干すんだ。新しいシーツと取り替えることも忘れるんじゃないよ。いいね?」

 横柄に命じられた私は、ニンマリしそうになるのを我慢する。

(ついてるじゃない! まさしく、そういう仕事を待っていたんだから)

 だけど、ここで嬉しそうな顔を見せれば、古参の女中に怪しまれそうだ。たぶん、兵舎での仕事はきっとひどい仕事で、このおばんさんたちは、新人いびりのつもりで言っているんだもの。

 私はできるだけ不安そうな表情を作り、「あの、でも……」とオドオドして見せる。


「へ、兵舎の場所がわからないんです……なにせ、ここに入ったばかりですもの」

「兵舎は北側さ。衛兵がいるから、この札を渡すんだ。そうすりゃ、中に通してもらえるからさ」

 古参のおばさんの一人が、そばにやってきてエプロンのポケットから木の札を取り出して私に渡してきた。これが兵舎に入るための通行書ってわけね。私はこれはついてるわと、札をしっかり握り締め、ほくそ笑む。もちろん、下を向いて怯えた表情を作るのも忘れなかった。私ってば、意外と演技派かも。


「あ、あの……でも……兵舎って怖い兵士の人たちがいるんじゃ……」

「ああ、そうさね。だから、余計なことを言ったりするんじゃないよ。ウロウロしていたら、捕まるからね。仕事だけ片づけて戻ってくるんだ。あんたがヘマをすれば、あたしら全員に迷惑がかかるんだから、心して起きなよ!」

 厳しい口調で言われて、私は「は、はいっ!」とペコペコと頭を下げる。

(任せてよ。これでも兵舎の掃除には慣れてるんだから)

 なにせ、マリーの兄、ディランの言いつけで兵士訓練を受けていたし、その間は兵舎で暮らしていたんだから。男所帯の兵舎がどれくらい悲惨な状況かくらいは想像が付いている。だから、古参の女中たちも兵舎には近寄りたくないんだわ。

 なおさら、好都合じゃない――。


「そ、それじゃあ、行ってきます!」

 私はシーツを干し終えてから、まだ雑談して笑っている古参の女中たちに一言断って、北側の兵舎に向かった。古参の女中たちは「ああ、よろしく頼むよ」、「せいぜい、頑張りな~」とケラケラと笑いながら手を振っている。私が兵舎を見て尻込みでもすると思っているのね。

 

 私は中庭を通り抜け、急ぎ足で兵舎のある城の北側に向かった。

 兵舎なら、捕らえられているサーラたちの情報も聞き出すことができるかもしれない。

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