第四章 6 計画

 街に入ると、アルセーヌさんはすぐに宿を探し、一番上等の宿を取ってくれた。私はどこでもかまわないと言ったんだけど、「あなたは商家の令嬢ということになっているのです。安宿に泊まっているほうが不審でしょう」と一蹴された。確かにその通りだわ。街の衛兵が宿を巡回して、その日の宿泊者をチェックしているだろう。もちろん、その時には通行書も確認されるはずだ。アルセーヌが取ってくれた宿は、町一番の高級宿だった。それも、一番上等の部屋だ。まあ、いわゆる向こうの世界のホテルのスイートルームってところね。

 案内された広い部屋は豪華で、ベッドも広々している。こんな豪華な部屋で寝るのは、公爵家の屋敷を追い出されて以来かも。私は「うわっ、素敵!」と、思わずベッドに飛び込んだ。敷布も清潔でいい香りがする。私は「うーん、最高」と、枕を抱き寄せる。


「おくつろぎのところ、失礼します」

 いきなり声がしたから、私はびっくりして飛び起きた。部屋に入ってきたのは、アルセーヌさんだ。私は「わっ、ご、ごめんなさい。ちょっと、枕の柔らかさを確かめてたのよ! こんなにフカフカの枕で寝るのは久しぶりなんだもの。ほら、見て。きっと上等な羽根枕よ!」

 私がニコニコして枕を突き出して見せると、そばにやってきたアルセーヌは「そうですか」と素っ気なく答える。それから、「入ってくれ」とドアを振り返り、声をかける。「へぇ、いい部屋じゃないか!」と笑いながら入ってきたのは、マントをかぶった女性だ。その女性はドアを閉めると、すぐにそのマントを脱ぐ。私はギョッとして、「ちょ、ちょっと、アルセーヌさん!?」と彼を見た。

 

 その女性はほとんど下着のような格好で、しかもグラマー! しかも美人! 髪の色は私の髪の色とよく似ている。

「い、いったい、どこから引っかけてきたのよ、その人!」

 まさか、この宿でその……よろしくするつもり!? 

 そりゃ、アルセーヌさんだって男性だもの。女性と親密になりたいという気持ちはわからないわけではないわ。だけど、この真面目そうな人が、いきなり素性の知れない女性を連れ込んだりする!?

 真面目そうだからって、女性嫌いってわけじゃないでしょうけど。私がグルグル考えていると、咳払いが聞こえた。


「なにか、誤解があるようですが、この女性には……」

「へぇ、これがその、お嬢様ってこと?」

 賑やかな声で言いながらそばにやってきた女性は、腰に手をやってズイッと私に顔を寄せてきた。目を白黒させながら、「は、はい!?」と困惑した声を上げる。女性の視線と指は、私の顔や喉元を辿ると、胸に辿り着く。

「ふーん……お嬢様のドレスは、ちょっとばかり手直ししないと着れなさそうだね」

 ニッコリ笑った女性に、私は片方の眉を吊り上げた。どういうことなのか、私は目で合図を送りながらアルセーヌさんを見る。これは説明してもらう必要がありそうね。


「ドレスなら別に用意させている。それと、バスルームは隣の部屋だ。まずは身ぎれいにしてきたまえ」

 咳払いをしたアルセーヌさんに言われた女性は、「はーい、承知してますとも。旦那!」と手をヒラヒラ振りながらバスルームの入っていった。ドアが閉まると同時に、私は「アルセーヌさん!」と強く呼ぶ。


「先に説明させてください」

 アルセーヌさんはため息を吐いて、私の言葉を遮る。ええ、もちろんですとも。私はすぐにベッドから下りると、応接椅子に移動した。

「この街にいる間、あなたの代わりをしてもらおうと思って、連れてきたのですよ」

「私の代わり? どういうこと?」

 察しが悪いとばかりに、アルセーヌさんは眉根を寄せる。

「近々、この城の城主が夜会を開きます。奥方の誕生祝いだそうです」

「その夜会に私の代わりにあの人に出席してもらうってわけね!」

 私はパチンと手を打つ。

「無理に決まっているでしょう。あの方は……その下町育ちの方なんですから」

「あっ、なるほど……」

 夜会にはルールがたくさんあるだろう。礼儀作法も厳しいはずだ。あの女性に身代わりを頼んだとしても、すぐにバレてしまうだろう。そうなれば、私たちの通行書だって怪しまれそうだ。それなら、私が夜会に出席するほうが無難だろう。といっても、私も実のところ、貴族や金持ちの令嬢の作法なんてそれほど詳しくない。この世界の住人ではないんだもの。


 幸いにして、私たちが成りすましているのは、貴族の令嬢ではなく、商家の令嬢。多少は貴族社会の礼儀をわきまえていなくても、笑われる程度で済みそうだけど。

「あなたには、しばらく別の役目を果たしていただきたいのです。その間、お嬢様の行方が分からないのでは、不審に思われる可能性があります。ですから、身代わりが必要なのです」

「別の役目?」

 前に体を倒したアルセーヌさんが声を潜めるので、私の声も自然と小さくなる。密談しているような態勢になる。でも、バスルームからは上機嫌な歌声と水音が聞こえてくる。さっきの女性はまだ出てくる様子はない。


「城内に潜伏していたく必要がある……サーラたちはおそらく、地下の牢です」

 その言葉に、私は息を呑む。城内を探し、捕らえられているサーラたちにうまく接触するには時間がかかる。一日や二日でやり遂げられる任務でないことを私は改めて思い出した。数日、場合によっては一週間、いえ、一月かかる可能性も。

 その間、この宿に滞在中のご令嬢の姿が消えれば、不審に思われるだろう。

「本来なら、城内潜伏は私がやるべきかもしれませんが……私より、あなたの方が怪しまれないでしょう。それに、あなたの剣の腕はデュランからもお墨付きをもらっていますから。救出するなら、あなたの力が必要になる」

「OK、わかった。でも、どうやって城内潜伏するの?」

 お城の警備は厳重だろう。夜中に忍び込む、というわけにもいかなさそうだ。

「その件はご心配なく。城で、明日、臨時募集の女中の採用試験があるのです。それに、先ほど応募しておきました」

「女中の採用……試験!?」

「はい。あの女性の名前と経歴をお借りして、あなたには受けていただきます」

 それって、つまり……あの人に私の代わりをやってもらって、私があの人の代わりに採用試験を受けて女中になりすますってことよね。私は数秒考えて、「ええっ!?」と驚きの声を上げた。


 バスルームのドアが開き、「あーっ、さっぱりした!」と女性が出てくる。その女性のタオルを巻いただけの姿に私もアルセーヌもギョッとした。流した髪からは、滴が垂れている。

「ところで……私、どの服着ればいいの? このまま? それでもかまわないんだけど」

 女性はドアに片手をかけ、セクシーポーズでニコッと微笑む。私はすぐに立ち上がると、「アルセーヌさん、こ、この方の服はどこですか!?」と焦って声を上げ、彼女をバスルームに押し込む。

 なんて、ハレンチな姿で。しかも、アルセーヌさんがいる前なのよ~!

 アルセーヌさんは「すぐにご用意を」と、背を向けてドレッサールームに駆け込んでいた。 


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