第四章 4 謎の修道士

 検問所を抜け、馬車に乗り込むまでアルセーヌさんは、ずっと黙って険しい表情を

浮かべていた。ここから先は敵地、イブロア領。走り出した馬車の中で、私は変わらない景色を眺める。国境があったとしても、自然の風景は同じ。岩山が聳え、その間に田園が広がっていた。

 その岩山の上に小さな砦が建っていて、イブロアの旗が風にはためいている。


「良かったわ、無事に通り抜けられて……ダンドン商会って本当にあるのね。勝手に名乗ってよかったのかしら?」

「ダンドン氏は王都にいるようですし、両国の情勢が悪化しているため、しばらくイブロアに向かうことはないでしょう。今頃、ジルベール殿下の婚約祝賀会に集まる貴族たち相手に、商売に勤しんでいますよ」

 アルセーヌさんは、「あなたの機転に助けられました。婚約者を探しに敵国に乗り込んでいくご令嬢というのは、なかなかいないと思いますが」と小さく咳払いをする。眉間の皺がさっきより緩んでいる。


「他に思いつかなかったのよ。少し恥ずかしかったわ」

 きっと、あの検問所の役人も面倒臭いからさっさと追い払おうと思ったのね。

「そういえば……あの後ろに並んでいた人たち、どこかの修道士かしら?」

「あれは……聖アレグレア修道院の者たちです」

「聖アレグレア……?」

「ご存じないのですか?」 


 ご存じないといけないほど有名な修道院なのかしら。私は、この世界に転生してきて間もないし、王都にそれほど長くいたわけではないから、修道院の名前なんてよく知らない。

「私はあまり熱心に、教会とか修道院に通わなかったから……慈善事業もやっていないし。えっと、有名な……修道院なのかしら?」

「あそこの修道院は、王家と関わりが深い」

「王家が支援している修道院ということ?」

 寄付とか何かをしているのかしら。


「公にできない王家の血族などを密かに預かって養育したりしていたのですよ」

「あっ、そういうこと……アルセーヌさんは何でもよく知っているのね」

 なんともよくありそうなゴシップに、私はパッと自分の口を押さえる。

「昔、私もあの修道院にいましたから」

 その言葉に驚いて、私は「ええっ!?」とつい大きな声を出してしまった。

「それじゃあ、もしかしてアルセーヌさんも……」

「滅相もありません。私はただ、両親が早くに亡くなり、身よりがなかったので預けられたのです」

「あっ、そうなの……それじゃあ、さっきの人たちももしかしてアルセーヌさんの知り合い?」

 だとしたら、マズいんじゃないかしら。顔を見られていたかも。


「王都で何度か見かけたことはあります。ですが、相手は私たちのことを知らないでしょう」

 そう言われて、私は「なんだ、よかった」と胸をなで下ろした。

「でも、どうしてその人たちがイブロアに向かっているのかしら? それも、あまり取り調べもされずに」

「ええ、そうですね……聖アレグロア修道院の院長は二年ほど前に代わったと聞きます。以前は政治にあまり干渉しない温厚な方だったのですが、今の院長は権力欲に目が眩んでいて、積極的に貴族と繋がりを持っていると聞いています。それも、第二王子のジルベール殿下を擁する派閥の貴族たちとです。次期国王はジルベール殿下だと思われているからでしょうね」

「まだジルベール……殿下が王位を継承するとは決まっていないのでしょう?」 

「いえ……ほとんど決まっているでしょう」

 アルセーヌさんは、膝の上で手を組みながら、下を向いて慎重な声で答えた。


「第一王子のジュリアンがいるのに?」

 それってあんまりじゃない。まるで、ジュリアンの存在を無視しているみたい。

 ジュリアンだって王子で、王位継承権はむしろジルベールより上位のはずだ。

「王都の者はそう考えていないのですよ」

 アルセーヌさんの言葉に納得いかなくて、私は眉間に皺を寄せて考え込む。


「あの者たちがイブロアに向かったというのは、確かに不可解な話です。おそらく、誰かの書状を届けに行くところだったのでしょうが……ジルベール様の側近の中に、イブロアと内通している者がいるのかもしれません」

「それって、一大事じゃないの! 国を裏切っているということでしょう?」

「そうですね。ですが、驚くほどのことではありません。ただ、何を企てているのかは、気になりますね……」

 今から、あの人たちの後を追うわけにもいかない。私たちの目的はサーラたちの救出だ。グズグズして、寄り道をしている時間なんてない。


「じゃあ、見過ごすしかないということ?」

「彼らがイブロアに通じていることが分かっただけでも、今は十分です。調べることはサーラたちを救出した後でもできること」

「そうね……だったら、なおさら早くしないと」

 私は頷いて、ニッコリと微笑んだ。

「あなたは……意外と度胸がある」

 呆れているのか、アルセーヌさんはそう言って苦笑していた。

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