第四章 3 旅の目的

 検問所の役人は、私たちが入り口で渡した身分証と通行証を念入りに確かめながら、時々視線を上げて私とアルセーヌさんを交互に見る。

「……ダンドン商会のご令嬢が従僕の方と二人で旅を?」

 尋ねた役人に、「ええ。お嬢様お一人で旅をさせるわけには行きませんから」と澄ました顔で答えたのはアルセーヌさんだ。私はその横顔をチラッと見て、小さく二回頷いた。疑いの目を向けてくる役人に、精一杯友好的な笑顔を向ける。

「なるほど。ところで、ダンドン会長は私も面識がありましてな。何度か世話になったこともある。会長はご健在か?」

 そんなふうに言われて、一瞬ドキッとする。ダンドン商会ってアルセーヌさんが便宜上考えた適当な商会の名前じゃなくて、ちゃんと実在しているの!? 

 しかも、この人の知り合いだなんて。これは、もしかしてバレてしまうんじゃないかしら。もし、疑われれば、別室に連れていかれて、さらに厳しく取り調べられるはず。そうなれば、誤魔化しきるのは難しくなるわよ。

 私はヒヤヒヤして、笑顔が強ばりそうになった。


「もちろんですとも。旦那様はルバントールにおいででございます。王子殿下の婚約祝賀会が催されるので、どこもかしこもお祭り騒ぎですよ」

 アルセーヌさんは相変わらず平然とした態度のまま、役人と会話していた。そんなふうに適当なことを言って大丈夫なのかしら。

 それとも、アルセーヌさんは、ダンドン商会の会長と知り合い?


 私は変な汗をかきながら、聞いている振りを続けていた。アルセーヌさんの腕をつかみたい心境だけど、まだ完全にバレたわけではないから手を握って我慢する。

「ああ、そのようですな。実にめでたい。お嬢様は祝賀会に参加されないので?」

 取り調べ役人がジロッと私を見たので、ビクッとして私は硬直する。これは、私に質問されているのよね? 

 だとしたら、何か答えなければならない。汗で湿っている手で、ドレスをつかむ。


「まさか! 私のような者は王宮の祝賀会に招かれたりはいたしませんもの。貴族の方々でもなければ……」

「ご令嬢はなぜ、イブロアへ? 王都に向かわれるようですが」

「それは……えっと……人に会うために」

 私は返答に困って、視線を泳がせる。

「どちらの方にお会いになるおつもりで? 差し支えなければ、お聞かせ願いたいですな」


 検問所の役人は嫌な笑みを浮かべて、しつこく尋ねてきた。これはやっぱり疑われているんだわ。私が助けを求めるように見ると、「それは、お答えする必要がないかと」と、アルセーヌさんがかわりに口を開いた。


「ダンドン家の事情ですので」

「それは困りましたな。我々は目的不明な者を通すわけにはいかんのですよ。諦めていただくしかなさそうですな」

 それは、困るわよ! 私たちは一刻も早くイブロアに入り、サーラたちを救出しなければならない。こんなところで足止めされているわけにはいかないのよ。

「それは……私の婚約者に相応しい方を探すためですわ!!」

 私は腹を括って一歩前に出る。

 アルセーヌさんも、役人も驚いたような顔をして私を見ていた。

 我ながら、ちょっと――恥ずかしい。でも、適齢期の女の子が恋人を探すのはなんらおかしくないはずよ。ちょっと夢見がちなお嬢様と思ってくれたら、御の字よ。


「私もお父様にそろそろ結婚をしろと口うるさく言われておりますの。ですけれど、お父様がお見合いを勧めてきた相手は、どの方も冴えなくて、少しも私の好みではありませんでしたのよ。私、教養があって、性格もよくて、優しくて、背が高くて、強くたくましく、頭脳明晰で、その上商才もあって、家柄も申し分ない方でなければ、気に入りませんの! それなのに、お父様が連れてくる方ときたら! 二十才も年上の方とか、話がまったくつまらない方とか、愛人が十人もいらっしゃるような方ばかり! あんまりだと思いません!?」


 私は相手に口を挟む余裕なんて少しも与えず、早口でまくし立て、役人に詰め寄った。役人は返答に困ったように髭をヒクヒクさせながら、「それはまあ……その」と口ごもっている。私は机に両手をつくと、さらに熱弁を振るった。

「ですから、私は自分で、自分の気に入る方を見つけることにいたしましたの! ですけれど、どの方も私の運命の相手ではありませんでした……私はもっと、情熱的な恋をしたいのですわ! この胸を熱く焦がすような……この方のためなら、身も心も捧げたいと心底思うような、素晴らしい方との恋を! フロランティアスのどこを巡っても、私の想うような方と出会えなかったのです。でしたら、もう、イブロアに行くしかないと決意したのです! イブロアの方は屈強で、男らしい方が多いと聞きますでしょう? イブロアにはお父様の知り合いの方も多くおりますから、その方々に紹介していただこうと思い、こうして旅をすることにしたのです!」


 我ながら、よく回る口だわ。心の中でそう思いながら、「おわかりいただけまして?」と瞳を潤ませて役人に聞き返した。

 口をぱっくり開けていた役人は、「ええ、まあそういうことでしたら……通行証も身分証にも問題はない。ダンドン会長によろしくお伝えください」と、たじろいだ様子で私たちに通行所と身分証を返してきた。

 私が長々と説明している間に、すっかり後ろには行列が出来ている。このまま話を続けていたら、業務に支障が出そうね。後に並んでいる人たちからは、「おい、早くしてくれ!」と苛立ちの声が上がっていた。

 私は「ありがとう、親切に感謝いたしますわ」と、微笑んでアルセーヌさんの腕を取る。

「行きましょう」

「ええ、お嬢様」

 私たちのすぐ後にいるのは、黒いマントのフードを深くかぶった一団だった。

 その一団は、不満を口にしている人たちとは違って大人しい。無言で周囲を睨んでいた。


 どこかの修道院の人たちかしら? 検問所の役人は身分証と通行所を確認しただけで、私たちの時のようにあれこれと質問することなくすぐに通す。まるで、よくわかっている相手みたい。


 なんだか少し薄気味悪い感じの人たちね――。

 そう思いながら見ていると、アルセーヌさんが私の肩に手をやってグイッと押した。


 

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