第四章 2 検問所

 私とアルセーヌさんを乗せた馬車は、街道を進む。馬車の御者は、街で雇った人。もし、仮に検問所で不審に思われたとしても、御者は私たちの素性を何も知らないから、尋ねられても答えることができない。その方が安全だとアルセーヌさんは判断したようだ。私たちは、商家のお嬢様とその従僕ということになっている。

 両国は一応、貿易協定を結んでいるから、旅の商人などは通行所があれば往来できる。私は商家のお嬢様らしく、緑色のドレスとドレスに合わせた帽子や靴で身なりを整えていた。アルセーヌさんは従僕らしく質素であまり目立つ飾りのない服装だ。砦を出て二日目。街道を進み、私たちは国境にさしかかろうとしていた。


「アルセーヌさん、検問所を通るのに通行書がいるわよね?」

 私は馬車に揺られながら、向かいに座って書き物をしちえるアルセーヌさんに尋ねる。アルセーヌさんは余計な会話をしないから、馬車の中では終始無言だ。それにも、私はようやく慣れてきた。

「それはご心配なく。容易してあります。それより、いいですか? 余計な口を利かない、余計な話をしない、何があっても騒いだり、動揺したりしない。そのことを徹底してください」

「ええ、わかってますとも! 私はもともと公爵令嬢なのよ。お嬢様の振るまい方がなら、承知しているわよ」

 といっても、私は本物の公爵令嬢じゃないんだけどね。とにかく、慎ましく、大人しく、品良く振る舞っていればいいということでしょう? それなら、私にだってできるわよ。検問所で余計な騒ぎやトラブルを起こして、怪しまれたら計画が全て台無しだ。でも、アルセーヌさん、どうやって通行書を手に入れたのかしら? しかも、準備する時間なんてほとんどなかったのに。


 私とアルセーヌさんが、サーラたちを救出に向かうことが決まり、すぐに準備に取りかかった。一度近くの街で御者や馬車を手配し、この服や荷物なども買いそろえた。かなりの出費だったけれど、それは全てアルセーヌさんが払ってくれた。もちろん、ジュリアンが必要な経費として出してくれたもの。出発の日、心配して様子を見に来てくれたジュリアンは、私のドレス姿を見て、『やっぱり、君にはドレス姿がよく似合うな』と褒めてくれた。それが嬉しくて、思い出すと口元が緩む。でも、すぐにこれは任務なんだからと、表情を引き締めた。



 フロランティアス側の検問所を通り抜けてさらに街道を進むと、イブロア側の検問所がある。フロランティアス側の検問所は問題なく通れたけれど、この先は敵地。何があるのかわからない。

「さっき、申し上げたことを忘れないように」

「わかっているわ」

 私はレースの手袋をした手を膝の上で揃え、背筋を正した。


 検問所に到着すると、私たちは馬車を下ろされる。馬車の中も念入りに調べられるようね。アルセーヌさんが入り口で身分証と通行書を渡すと、私たちは検問所の中に通された。そこで、私とアルセーヌさんは別々の場所に通された。

 緊張しながら幕の中に進むと、待っていたのは女性の検査官二人だった。「こちらに持ち物を全ておいてください。ポケットの中のものも」と、言われて、私は言われた通りにバッグやポケットの中の手鏡なども出して台に並べる。一人がバッグを開いて中身を念入りに調べている間、もう一人の女性は私のドレスや靴、帽子などをチェックしていた。


 私はチラッと自分のバッグに目をやる。中に入っているのは旅行用の下着や着替え、化粧品、簡単なアクセサリーなど。それに、恋愛小説が一冊。いかにもお嬢様が持ってきそうなものばかりだ。私は手持ちのものでいいと言ったけれど、アルセーヌさんが『調べられた時に怪しまれます』と言うものだから、全て買い直した。下着もレースのついた高級品。商家のお嬢様がクタクタの下着なんて持っていたら、確かに不審に思われそうね。アルセーヌさんの助言に従ってよかったと、私は安堵してこっそりため息を吐いた。

 

「いいでしょう。問題ありません」

 検査していた女性がそう言いながらバッグの蓋を閉じる。そして荷物を私に返してくれた。私はニコッと愛想よく微笑んでバッグを受け取り、検査場を通り抜けた。

 アルセーヌさんも同じように手荷物検査を終えて出てきたところだったみたい。


 さりげなく周りを見ると、兵士たちが鋭い目で監視している。その先では、天幕に数人の取り調べ役人が並んでいて、先に提出した身分証や通行所を確認しながら、いくつか質問をしているところだった。なるほど、アルセーヌさんが言っていた『余計なことを言わない』場所は、ここなのね。


「お嬢様、ご気分が優れないようでしたら、私の腕を」

 アルセーヌさんが前を向いたまま、私に話しかけてきた。なるほど、質問の返事に困ったら自分の腕をつかめということね。

「ええ、ありがとう。でも、大丈夫よ。お薬はちゃんと飲んできたもの」

 私たちはさりげなく話をしながら、前に進む。前の一行が終われば、私たちの番ね。緊張しながら、私は密かに深呼吸した。

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