第三章 4 思いがけない恋心

 砦の訓練場で、私はデュラン将軍と向き合って木剣を構える。他の兵士やサーラは、打ち合いをする手を止めて、こちらを見ていた。振り下ろされた木剣を、私は両手で握り締めた木剣で防ぐ。押し返せなくて、私は一歩下がった。三十分近くやっているから、息がすっかり乱れて、汗がしたたり落ちる。やっぱり、力負けしてしまう。訓練に参加するようになって一月近く経つけれど、まだ体がついていかない。

「かかってこねーのか? じゃあ、こっちから遠慮なくいくぜ」

 ニヤッと笑って、デュラン将軍は遠慮なく剣を叩き込んでくる。それを防ぐのが精一杯で反撃なんてできない。歯を食いしばって前に出ようとした時、木剣を弾かれてしまった。


 しまったと、私は怯んで動きを止める。その一瞬をデュラン将軍が見逃してくれるはずもない。振り下ろされる木剣をかわせなかった。腕を強く打たれて、私はその場に膝をつく。痛くて涙が出そうになるのを堪えて、うずくまってしまう。

「焦ったな。これが戦場なら、てめえの腕はばっさり切り落とされてるぜ」

 木剣を自分の肩にやって、デュラン将軍が目の前に立つ。私は痛みで痺れている腕を押さえて、涙が滲む目で見上げた。落ちている木剣に手を伸ばして柄をつかみ、立ち上がると同時に下から振り上げた。デュラン将軍が反射的に仰け反り、その剣を自分の木剣で防ごうとする。今だと、私は体を捻って、その横腹に回し蹴りした。けれど、デュラン将軍は軽くふらついただけで、私の木剣をガッと片手でつかんで止める。


 木剣ごと横にふられて、私はよろめいて地面に投げ出される。

 すぐに立ち上がれなくて、私は汗を拭いながら肩で息をした。

「不意打ちなら、もう少し上手くやれよ。他の雑魚相手ならともかく、俺にそんな子ども欺しが通用するわけねーだろ。まあ、前よりも多少は動きがマシになったけどな」

 デュラン将軍は得意げに笑って、木剣を私に投げ渡してきた。片づけておけということなのだろう。今日の訓練はこれで終わりだ。私は膝に手をついて腰を上げると、「ありがとうございました」と頭を下げて深く息を吐く。


 訓練が終わって井戸の水で顔を洗っていると、サーラがやってきた。

「お疲れ、ジャンヌ」

「お疲れ様、サーラ」

 私はタオルで顔を拭って、サーラに井戸の前を譲る。サーラも桶の水で顔を洗っていた。

「ずいぶん、熱心にやっているじゃないか。毎日デュラン将軍に鍛えてもらっているだろう?」

「みんなの足を引っ張るわけにはいかないもの。いつ敵が砦に攻めてくるとも限らないから、少しは鍛えておかないと」

 そうしないと、ジュリアンを守れない。私は笑みを消して、唇を少し強く引き結んだ。

「君は……すごいな」

「サーラだって、毎日やっているじゃない。同じよ」

「そうだが……君は公爵家のお嬢様だろう? デュラン将軍の訓練についていけなくて、逃げ出す者も多いのに。きっと、君を鍛えるのが楽しいんじゃないかな」

「まさか! まあ……遊ばれてるような気もしなくもないけれど」

 私は今日の訓練のことを思い返してため息を吐く。連日、デュラン将軍と稽古をしているから、青あざだらけになっていた。でも、デュラン将軍の言う通り、これが戦場なら敵が容赦してくれるはずもない。それは、バトルゲームでも散々、経験してきたことだ。一瞬の油断も命取りになり、敗北に繋がる。

「少し……羨ましいな」

 タオルで口を押さえながら、サーラがポツリと呟く。私の視線に気づくと、赤くなって慌てていた。

「あっ、いや。私も最近、腕がなまってしまっているから、たまにはデュラン将軍に鍛えてもらいたいと思っただけなんだ!」

 もしかして、サーラってデュラン将軍のことを?

 私はびっくりして瞬きしながらサーラを見つめる。


「それは……気づかなかったわ。ごめんなさい。デュラン将軍はきっと、サーラはもう鍛える必要はないって思ったんじゃないかしら。今でも十分に鍛えているし、それにもう他の兵士を指導する立場だもの」

 デュラン将軍は自分が不在の時の兵士の訓練を、サーラに丸投げ、いや一任している。それくらい、サーラはデュラン将軍に信頼されていた。

「私はまだ未熟で、デュラン将軍の足下には遠く及ばないよ!」

 手を横に振っているサーラの顔が、ますます赤みを帯びていた。

 これは間違いなさそうだ。それとも、もしかして密かに付き合っていたり!?

 それはなさそうね。デュラン将軍はサーラを信頼しているようだけど、部下の一人として接してる。となれば、サーラの片思い? もしかすると、デュラン将軍も密かに想いを寄せているけれど、態度には表していないだけで、実は両片思いとか!? 


 もし片思いだったとしても、サーラの気持ちを知れば、デュラン将軍も意識せずにはいられないわよね。これは応援しなくちゃと、私はニンマリする。

「ジャンヌ、何か勘違いしていない?」

「してないわよ?」

「本当に? 私はただあの人を尊敬しているだけなんだ。って、聞いている? ジャンヌ!」

 クスクス笑いながら歩き出した私の後を、サーラは急ぎ足で追いかけてきた。

 サーラって、かわいい人よね。

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