第三章 1 買い出し

 本格的に冬が到来する前に、買い出しのために街に出かけることになった。雪が降れば、砦は道がとざれて孤城となってしまう。その前に、食材や衣服など、必要なものを買い込まなければいけない。馬車に乗り込んで、街に向かうと、ちょうど祝祭が行われていて、人で賑わっていた。こちらの世界での、クリスマスみたいなものね。私は「わぁ、すごい!」と目を輝かせる。広場では音楽が奏でられていて、みんなが輪になってダンスを踊っていた。

「私は、防具屋に行ってくる。肩当てを慎重したいんだ」

 馬車を降りると、御者をしてくれていたサーラが手綱をつかんで言った。

「私は薬材を仕入れてくるよ~。ちょっと時間がかかるかも」 

 マリーもそう言うので、私たちはそれぞれ買い物を終えてから、昼頃に食堂で落ち合うことにした


「お祭りか……私、前の世界でもあんまり行かなかったな……」

 ゲームの大会はいつも参加していたけれど。こんなふうに、買い物のために街を歩くのはずいぶん久しぶりだった。買う必要があるのは――。

 私は自分の靴を見る。ピンク色の布靴は、すっかり汚れて、すり切れてしまっていた。何度も洗って使っていたけれど、そろそろ買い換えが必要ね。冬になるのだし、頑丈な皮のブーツがほしい。それにコートも必要だった。手持ちはそれほどないから、古着屋さんを覗いてみよう。

 街の景色を見ながら歩き出す。


 街の人に教えてもらった古着屋さんで、私は着ていたドレスを売り、動きやすい綿のワンピースと、コート、それに革靴を買った。この砦に来る時に着ていたドレスが、思いのほか高く買ってもらえたからよかったわ。公爵家で仕立てたものだから、生地も高級品だし、リボンやレースもたっぷりついている。可愛いけれど、王宮の舞踏会に行くわけじゃないから、こんな派手な動き難いドレスなんて必要ないものね。それより、動きやすさ重視! 

 私は着替えをさえてもらって、店を出た。


 用事を終えた私は、「どうしようかな」と通りを見回す。マリーやサーラはまだ買い物をしているはずだ。お祭り見物をしながら歩いていると、店に入っていくジュリアンの姿が見えた。 

 声をかけようと追いかけた私は、店の前で看板を見る。

「宝石店……?」

 窓越しではよく見えない。私は少し迷ってから、扉を開いて中を覗いた。ジュリアンはカウンターで店の主人と話をしている。

「おや、いらっしゃいませ」

 すぐに店の主人が気づいて、こちらを見ながら声をかけてきた。急いで扉を閉めようとしたけれど、その前にジュリアンが振り返る。

「ジャンヌ……」 

 私はごまかすようにヘラッと笑ってから、店に入って扉を閉めた。

「ごめんなさい。ジュリアンが入っていくのが見えたから。あっ、ほ、他のみんなとはぐれて迷子になっちゃったの!」

 かなり苦しい言い訳よね。私は気まずくなって肩を竦める。

 ジュリアンは「そう?」と、おかしそうに笑っていた。

 カウンターに歩み寄ると、ジュリアンは並べられた装飾品を選んでいるところだった。男性用のブローチやネクタイピン、それに女性用のイヤリングやペンダントだ。


 誰かへの贈り物かな。もしかして、王都にいる許婚の女性とか!?

 考えてみれば、ジルベールにだって私という婚約者がいたんだもの。ジュリアンに許婚がいてもおかしくはない。どうして、その可能性を考えてみなかったんだろう。   

 苦しくなる胸を、私は無意識に両手で押さえる。ジルベールがレリアに思いを寄せているのを知っても、こんな気持ちになんて少しもならなかった。

 もちろん、私は本物のジャンヌ・ド・クロエではないから、ジルベールに恋心なんて抱いていない。ジルベールはただのゲームのキャラ。それに、彼がレリアに恋をするのは、ゲームのシナリオ上、当然の展開だ。

 

 でも、ジュリアンに思いを寄せる相手がいたり、婚約者がいたら――それを考えただけで、私は落ち込みそうになる。私は「さすが……乙女ゲームのキュンキュンマジック!」と、小さな声で呟いた。でも、私はこの世界のヒロインじゃないんじゃないんだから。しっかりしなさいと、自分に言い聞かせる。私の目的は恋愛をすることじゃない。何とか生き延びること。そして、この世界から元の世界に戻ることよ!


「弟の……ジルベールに贈るものを選んでいたんだ」

 少し気まずそうに、ジュリアンが教えてくれた。私は「えっ?」と、思わず隣にいる彼の顔を見る。

「私は王都で行われる祝賀会に参加できないから……かわりにね」

「王都で祝賀会?」

 私は聞き返してから、「あっ!」と自分の口もとに手をやった。そうか。もうすぐ、ジルベールとレリアの婚約発表が正式に行われるのね。ジュリアンはそのお祝いの品を選んでいたんだわ。私は思わず「なんだ、よかった……」と、胸をなで下ろした。

 ジルベールとレリアに贈るものなら、全然、問題なし!

 むしろ、私も何か贈りたいくらいよ! 今の私は自分の衣服すら買うお金に困っているから贈れないけど。きっと、かわりに公爵の父が豪華なお祝いの品を用意しているはずだわ。それに、私から贈り物をもらっても困るだけで、喜ばれはしないわね。

 私は苦笑する。


「どれを贈るのか、決まったの?」

「一つは……このブローチにしようかと思って」

 ジュリアンが指さしたのは、サファイヤのついた男性用のブローチだった。シンプルな銀の縁飾りがついていて、ジルベールにはよく似合いそう。

「もう一つがなかなか決まらないんだ。女性の好むものは難しいな」

「お手伝い……しましょうか?」

 私が申し出ると、ジュリアンが「えっ」と戸惑うように私を見る。

「私も装飾品のことはよくわからないけれど……アドバイスくらいはできるから」

 私は「うーん」と、並んでいる女性用の装飾品を見比べる。赤いルビーのイヤリングも大人っぽくて素敵だけど、レリアにはもう少し可愛いデザインがいいわね。


「それとも……余計なお世話だった?」

「いいや、助かるよ。君に選んでもらったほうが、間違いなさそうだ」

 ジュリアンはそう答えて微笑む。私も笑顔になって、「もう少し、色々見せてください」と店の主人に頼む。


 散々吟味して私が選んだのは、トパーズの滴型のイヤリング。小さな花をモチーフにした飾りがついている。彼女には黄色がよく似合うと思ったから。ジュリアンも同じように、そのトパーズのイヤリングがいいと思ってくれたみたい。店の主人も「トパーズの中でも上質のもので、お勧めですよ」と言ってくれた。

  

 ジュリアンは店の主人に、「そのルビーのイヤリングも」と注文していた。あれも気に入ったのかな。それとも、やっぱり王都に許婚が!

 私は一足先に店を出ると、また落ち込んで悶々と考え込んでしまった。


 ルビーのイヤリングが似合うような、とびきりの美人なんだわ。それも、スタイル抜群で、鶴みたいに脚も細くて、色気もあって、妖艶で、人目で夢中になってしまうくらい。私は頭を抱えて、「うーん」と小さく唸る。


「ごめん、待たせて」 

 そう言いながら、ジュリアンが店から出てくる。しゃがみかけていた私は急いで立ち上がった。

「ああ、ううん! 今、ちょっと足腰を鍛えていたところだから!」

 私は軽くスクワットをする真似をしてごまかす。ジュリアンはクスッと笑うと、「行こうか」と私を促して歩き出した。私はその後をついていく。


 あのイヤリングは、誰にあげるの? 

 なんて、聞けないわね。その資格もないし。ジュリアンの後ろ姿を見ていた私は、その視線を足もとに向けた。私がレリアみたいな、ヒロインだったらよかったのに。そうすれば、きっと彼に恋をして、逃避行でも駆け落ちでも何でもしていたはずだ。


「そういえば……その服」

 ふと、ジュリアンが私を振り返る。私は「あっ、これは」と、古着やで買ったワンピースの皺になっているスカートをつかむ。その上に少し大きめの茶色いコートを羽織っていた。どちらも、少し汚れてしまっているけれど、着る分には支障がない。

「動きやすい服にしたくって」

 私はぎこちなく微笑む。みすぼらしく、見えたのかな。さっきまでは何も気にならなかったのに、今はそれが恥ずかしいように思えた。ドレス、売らなければよかったかも――。

 ダメダメ、今の私にはドレスなんて贅沢品よ。

 私は小さく首を振る。


 ジュリアンは私の手をとると、急に歩き出した。

 手が熱い。それは私の手の熱なのか、ジュリアンの手が温かいからなのか、わからなかった。

 

 





「それが、決まらなくて。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る