第二章 9 陰謀

 マリーのいる救護室に運ばれた私は、三日ほど療養することになった。猛獣狩りを狙って渓谷に潜伏していたのは、やっぱり隣国イブロアが、ジュリアンを暗殺するために送り込んできた兵士だったみたい。


 救護室には、負傷した兵士たちも運ばれているから、私は以前使っていた部屋を使わせてもらっている。私はマリーの治療薬のおかげで、もう傷も塞がり、痛みもない。ベッドで体を起こし、マリーの運んできてくれた昼食を食べる。野菜たっぷりのスープと、燻製肉を挟んだパンだった。


「やっぱり、マリーの作ってくれるスープが一番おいしい!」

 野菜がとろとろで、一口食べるごとに元気になれそうな魔法のスープだ。

「ありがとう~。ジャンヌがジュリアン様に抱きかかえられて運ばれてきたから、びっくりしちゃったよ~」

 ベッドの横に椅子を運んできて座っていたマリーが、ニコニコしながら言う。私は口に含んだスープが気管に入って、むせてしまった。慌てたように、マリーが水をいれてくれる。


「だ、大丈夫!? ジャンヌ……」

「わ、私……また、抱きかかえられてたの……?」

 覚えているのは、気を失う直前にジュリアンが血相を変えて私の名前を呼んでいたところまで。前は温泉でのぼせて、ジュリアンに運ばれてきたのよね。その時のことを思い出すと、頬が熱くなってくる。


「うんっ! あんなにジュリアン様が慌ててるところなんて珍しいよ。いつも落ち着いているのに……血が必要なら、自分の血を使ってくれ~って」

 私はびっくりして、「まさか、本当にジュリアンの血を使ったの!?」と尋ねた。

「ううん、傷も深くなかったし、魔法薬だけで十分だったから」

「そう……よかった~~」

 私は胸に手をやって、息を深く吐く。


 襲撃によって、負傷した兵士は多い。この救護室にも大勢運ばれてきたみたいだから、マリーは忙しかったはずだ。

「マリーもご苦労様。面倒かけちゃって、ごめんね」

「これが私の仕事だよ~! それに、ベルナルドたちもいるからね。すっごく助かっちゃった。力持ちだから、患者さんベッドに運んでくれたりしたし。血も提供してくれたんだよ」

「それはよかったわ。顔は怖いけど……意外と白衣の天使になれる逸材だったのかしら」

 私は顎に手をやって首を捻る。マリーは「そうだね~」と笑っていた。


 部屋の窓が勢い開いて、「おい、女、いるか!」と大きな声がする。

 窓から乗り込んできたのは、マリーの兄のデュラン将軍だ。マリーは「お兄ちゃん!」と、目を丸くしている。


「デュラン将軍! どうして窓から入ってくるんですか……?」

「面倒くさかったんだよ。それより……なんだ、元気そうじゃねーか」

 デュラン将軍はベッドまでやってくると、「ほらよ。見舞いだ」と手に持っていたカゴをマリーに渡す。カゴに入っているのは、爽やかな香りを放つみかんだった。

「わざわざ、私に……?」

 私は驚いて、デュラン将軍の顔を見る。いったい、どういう風の吹き回しなんだろう。


「てめーの様子を見てこいって、ジュリアンがうるせーからな。一応、今のてめーの上官は俺だし。まあ、てめーとサーラが早く気づいてくれたおかげで、襲撃の被害もそれほど出なかったんだ。手柄だよ」

 ジュリアンは、もしかして責任を感じているのかな。私がジュリアンを助けようとして負傷してしまったから。あれは私がちょっとばかり、しくじっただけなんだけど。でも、気に掛けてくれることが嬉しくて、私はカゴからみかんを一つ取る。その香りを吸い込んで、微笑んだ。


「ありがとうございます、デュラン将軍。ジュリアン……様にも、私大丈夫ですと伝えておいてください」

「しかし……てめー、何者だ?」

 デュラン将軍は腕を組んで、私のことをジロジロと見てくる。

「な、何者だとは?」

「ただの公爵家のお嬢様じゃねーだろ。ちやほやされて甘やかされ放題育ったご令嬢にしちゃー腕が立つ。剣術をどこで教わった? なんだって、そんな実戦慣れしてやがる……怪しいな」

 顔を寄せて怪しむようにきいてくるデュラン将軍に、私はドキッとした。

 もちろん、このドキッはときめき度アップの時の効果音じゃない。図星を指されてしまった時のドキッだ。


「わっ、わっ、お兄ちゃん、ジャンヌは怪我人なんだよ!」

 マリーがあわあわして、デュラン将軍の腕を引っ張り引き離してくれた。

「えーと……わ、私はその……剣術の稽古が趣味だったので……」

 私は誤魔化すようにモゴモゴと答える。


「本当かぁ? ここに来る前に、入れ替わってんじゃねーのか? もしくは、公爵が娘を逃がすために、替え玉を送り込んできたとか」

「疑うなら、公爵家から肖像画でも送ってもらえばいいでしょう。私は正真正銘のジャンヌ・ド・クロエです!」

 私は胸を張って、そう答えた。中身は入れ替わってるんだけど――。


「まあ、そう言うことにしておいてやらぁ。てめえには貸しができたからな。ただ、怪しい動きをしたら……すぐにでも地下牢行きだからな!」

 私は青くなって、コクコクと頷く。あの断末魔の悲鳴が木霊する地下牢に連行されたら、どんな拷問が待っているかわらない。


「お兄ちゃん、ジャンヌを脅かさないで! もう、パイを持っていかないよ!」

 マリーは怒ったように腰に手をやり、頬を含まらせる。

「わかったよ、うっせーな。傷が治ったなら、さっさと復帰しろ。今は人手が足りねーんだ」

 デュラン将軍は手を振りながら、「じゃあな」と窓を乗り越えて出ていく。


「ごめんね~ジャンヌ。お兄ちゃん、乱暴者で、行儀も悪いし、口も悪くて。妹して恥ずかしいよ……」

 マリーは「はぁ~」と、うな垂れていた。

「それにしても……イブロアは、どうして執拗にジュリアンの命を狙うのかしら」

 私はミカンを見つめて呟く。砦の防衛の要がジュリアンだから、というのはわかる。砦を陥落させるため、というよりもジュリアンを葬るのが目的みたいに思える。


「……わからないけど、お兄ちゃんが前に言ってたよ。国内にもジュリアン様のことを快く思わない人たちがいるって」

 マリーは声を少し小さくする。あまり、軽々しく話していいことではないと思ったのだろう。すぐに、「ほかのみんなの様子を見てくるね」と立ち上がって部屋を出て行ってしまった。


 もしかして、国内にイブロアと内通している者がいるとか?

 だとしたら一大事だ。だけど、そのことをジュリアンが気づいていないはずもない。王宮で、嫌われていたからと話していたジュリアンの顔が浮かぶ。

 私にはその理由は、何も思いつかなかった。

 だって、ジュリアンは誰かの恨みを買うような人ではない。王位継承なら、私にはあのジルベールよりも、ずっと相応しいように思えるのに。


 私はふと顔を上げて、窓の外に目をやる。

 ――もしかして、だから疎まれているの?


 第二王子であるジルベールを次期国王にと望む人たちにとっては、ジュリアンの存在は目の上のたんこぶでしかないから。

 ジュリアンが亡くなり砦が陥落した後、ジルベールはイブロアとすぐに和平協定を結んでいる。それも、考えてみれば手際が良すぎる。まるで、あらかじめ準備されていたみたいに。ジュリアンの死は全て、仕組まれていた事だったとしたら。

 私は顎に手をやって考え込む。

 

 そのことが発覚すれば、ジルベールは当然牢獄送りか、追放。最悪、処刑ということもありえるわ。だから、ジュリアンはこのことを、調べようとしないのかも。

 私は考えすぎて頭が痛くなり、「もう、私にはわからないわよ!」とベッドに仰向けに倒れる。


 私の憶測でしかないもの。それに、これはゲームの世界。ご都合主義で、そうシナリオが組まれているから、そこからは外れられないのかも。まったく、どうせなら、もう少し分厚くて詳しく書いてある説明書をつけておいてほしいものだわ!

 

 

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