第二章 8 乙女ゲーム万歳

 傭兵たちの狙いは、やっぱりジュリアン――。

 捕らえた男たちを木に縛り付けた後、兵士に見張りを任せて、私とサーラはジュリアンやデュラン将軍たちの元に戻る。霧が広がる林の中を走り、谷に向かう。男たち以外にも、襲撃班がいる。

 私は急に不安に襲われた。私はこのゲームのストーリーを、プロローグしかしらない。それによると、ジュリアンは敵の襲撃によって命を落とすことになっている。

 もし、ジュリアンがここで命を落とすことになっているのなら――。

 

 私はその不吉な考えを打ち払って、走ることに集中する。だけど、嫌な予感は拭えなくて、汗が噴き出してきた。どこにいるのあろうと、辺りを見回す。

 木々の先に、谷が見えていた。そこに、兵士たちが集まっている。猛獣狩りを終えて戻っている班もあるようだった。その中に、ジュリアンとデュラン将軍もいる。

 

 よかった、まだ無事だったみたい。私はホッとする。私がいるのは断崖の上。下りる道を探さなければと、周りを見回す。その時、同じように断崖の上にいる人影に気づいた。木の陰で弓を引き、谷にいるジュリアンに狙いを定めているのは、数人の男たちだ。さっきの傭兵たちが話していた、襲撃班だ。


「サーラ!」

 私が呼ぶを、サーラも気づいて剣を抜く。飛び出す私たちに、敵も気づいたようだった。すぐさま、狙いを私たちに変える。矢が私の腕を掠めた。その痛みなど、気にしている余裕などなく、私は敵の中に飛び込んで、その弓を剣でたたき切る。敵もすぐに剣に切り替え、襲いかかってきた。乱闘の声に、谷にいた兵士やジュリアンたちも気づいたようだ。

 

 私たちが数人を相手にしている間に、後方に下がった敵は、ジュリアンを狙おうとしている。私は剣で敵の男の腕を切りつけると、断崖の上で弓を構えている男に全力で体当たりした。「ジャンヌ!」と、サーラが叫ぶ。

 つかみ合いになった私を、「クソッ、離せ!」と男が突き飛ばす。断崖から足を踏み外す直前、私は歯を食いしばって男の腕をつかんだ。敵の男もろとも、私は転落する。

 

 これが、私の結末なのかなと、ふと頭を過る。

 ジュリアンが私の名前を叫びながら、兵士を突き飛ばし駆けつけてくるのが見えた。


 ジュリアンが無事なら、まあ――いいか。

 なんて、諦めている場合じゃない。谷を挟んだ向かいの断崖の上からも、ジュリアンを狙っている男がいた。私は咄嗟に宙返りして、岩の壁を強く蹴って体の向きを変える。真下にいたジュリアンに抱きつくと、そのまま覆い被さった。私を受け止めて倒れたジュリアンは、びっくりしたように目を見開いている。

 

 ギューッと抱きつく私を、ジュリアンが「クロエ嬢?」と心配そうに呼ぶ。それから、ハッとしたように起き上がった。その手が私の肩に突き刺さっている矢に触れる。

「すぐにマリーのところに!」

 ジュリアンは顔色を変えると、私を横抱きにして立ち上がる。

 その表情が、強ばっていた。

 

 バトルゲームや、格闘ゲームでは、やられても、誰も御姫様抱っこなんてしてくれない。フィールドから消滅か、倒れてゲームオーバーになるだけだ。

 私はジュリアンの端正なその横顔をぼんやり見つめる。こんなふうにイケメンの腕に抱えられて死ねるなんて、乙女ゲーム以外にはありえない。

 私は頬を緩めたまま、彼の腕の中で気を失った。

 

 乙女ゲーム、万歳――。


  

 

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