第二章 7 猛獣狩り

 林の中を逃げていく猛獣を、私はサーラや同じ班の兵士たちと一緒に追いかける。私がここに護送されてくる途中に遭遇した猛獣よりは小型だけど、敏捷で、足が速い。猛獣の前に回り込んだサーラの剣に怯んだのか、猛獣は威嚇するように吠えながらも身を翻す。


「ジャンヌ!」

 サーラが声を上げた。私はこちらに突進してくる猛獣に、剣の狙いを定める。ギリギリまで引きつけて飛び出し、喉を突き刺した。それと同時に、サーラも後ろからジャンプして、猛獣の背中に剣を突き立てる。


「すげぇ……この二人で、何匹やったんだ……」

 周りにいた兵士たちが、あ然としたように漏らした。

 私もサーラも倒れた猛獣を見て一息吐く。そして、パチンとお互いの手を合わせた。目が合うと、二人とも笑みを浮かべていた。


 私たちの連携はバッチリ。訓練でもいつもお互いの相手をしているから、その成果が出たようだった。猛獣退治は、兵士の訓練も兼ねているとサーラが話してくれたけれど、確かに、これはいい訓練になるわね。

 

 サーラは周囲に他の猛獣が潜んでいないか確かめてから、剣を鞘に戻している。私も血で汚れた剣を払ってから、鞘にしまった。

「今年は猛獣の数が多いようだな」

「ねえ、サーラ。この猛獣って、狩った後はどうするの?」

「毛皮は商人が買い取るよ。肉は臭くて硬いから、あまりおいしくないんだ。鳥や獣の餌だな。あまり狩らずにすむならその方がいいけれど、放っておくと、増えすぎて人や家畜を襲う」

 だから、砦の兵士たちが近隣の住民の安全のためにも、こうして狩りを行わなければならないみたいだ。


「私も砦に来る途中、猛獣に襲われたものね……」

 あれが、商人や近隣の村人であれば被害が出ていたところだ。

「そういえば、ジャンヌは猛獣に襲われたんだったな。よく無事だったね。君が遭遇した大型の猛獣は滅多に姿を現さないけれど、凶暴で大きな被害が出るんだ

「気絶していて……ほとんど覚えていないけれど」

 私は「そういえば、他の班の人たちは大丈夫かしら?」と、話をはぐらかした。猛獣退治は、数人一組となって行っている。他の班の人たちの姿は見えない。

「私たちが先に進みすぎたのかもしれないな。一度、引き返そう」

 サーラは黒い雲の広がり始めている空を見上げて言う。「ええ、そうね。天気も悪くなりそうだし……」と、私は頷いた。

 

 猛獣は、後で回収することになっている。私たちはその場に残し、離れることにした。沢の近くまでくると、霧が広がり始める。

 視界が悪くなり、私たちは足を止めた。

 兵士たちも、「大丈夫か?」と心配そうにざわついている。


「しっ、静かに……」

 サーラが声を抑えて指示をすると全員が黙る。この班のリーダーはサーラだ。彼女は猛獣狩りも何度も参加しているため、慣れているし、地理も熟知している。新参者の私は彼女についていくだけだ。


 周囲の様子を伺っていた私は、微かに聞こえてきた馬の鳴き声にハとして、サーラを見る。彼女も私を見て、頷いていた。

 人がいる。それも、猛獣狩りに来ている砦の兵士たちではない。私たちは馬を連れてきていない。となれば、林の中を通る旅の人たちか、近隣の村人だろうか。

 だけど、近隣の村には今日、猛獣狩りを行うと通達を送っている。だから、よく分かっている村人たちは林には入らないはずだ。


 サーラは動かないように私たちに言って、霧の中、声だけを頼りに近付いていく。私は迷ってから、サーラの後を追いかけた。旅の人たちならいいけれど、そうでないなら、彼女一人に行かせるのは心配だった。

 サーラに追いつくと、一緒に岩の陰に身を隠す。

 霧の先に馬を連れた人影が数人いた。武装しているところを見ると、旅の人というわけではなさそうだった。しかも、数人は弓を手にしている。

 

「…………まさか、敵?」

 私は声を潜めて尋ねた。サーラは「そのようだ……傭兵だな……」と小さな声で答える。それとも、傭兵に成りすましたイブロアの兵かも。だとすれば、狙いは――ジュリアンなのかも。私は救護室での立てこもり事件を思い出す。

 あれも、イブロアの指示だったことは間違いない。ジュリアンの身柄を人質にするためなのか、それとも砦陥落のためにジュリアンが邪魔だからなのかわからない。だけど、前回の失敗で諦めたわけではなさそうだった。


「ジュリアンや、デュラン将軍に知らせる?」

「…………今なら、私たちがここにいることに気づいていない」

 岩の陰で、できる限り声を抑えて話す。 

 私は「ここにいる一団だけとは限らないものね」と、頷いた。

 相手は七名ほど。こちらは兵士を入れて五名。分が悪いのは確かだけど、奇襲をかければやれないわけではない。加えて、相手はこの辺りの地理に不明瞭のようだ。集まって話をしているのは、この霧で道が分からなくなったからだろう。

 

 サーラは離れて待っている兵士たちに手で合図を送る。兵士たちはすぐに物音を立てないように気をつけながら私たちのそばにやってきた。サーラは、この場で連中を取り押さえるつもりでいるみたいだった。私もその考えに賛成だった。

 知らせに行っている間に、場所を移動されると面倒だ。それに、あの者たちが何を企んでいるか分からない。それを聞き出すためにも、逃げられるわけにはいかない。

  

 作戦を立てると、私たちはすぐに行動を開始する。私とサーラは、剣を抜くと霧に紛れて静かに移動を始めた。距離を詰めると、私とサーラは目配せして、同時に飛び出す。狙ったのは馬と一緒にいた大柄な男。

 サーラもその男と話をしていたもう一人に後方から斬りかかっていた。それと同時に、反対側から接近していた兵士たちも、一斉に飛び出す。

 

 男たちのわめき声と、馬の嘶きが霧の中に響く。私は剣を振り回す男の脚を切りつけ、さらに後ろに回り、その背中を切りつけた。サーラも、男の脇腹に剣を突き刺している。馬に跨がり、逃げだそうとしている男がいる。ここで逃げられ、他の仲間に知らせに行かせるわけにはいかない。私は泥水を踏みつけながら、飛び出した。マントをつかんで馬から引きずり下ろし、倒れた男を押さえつける。その首に剣を突きつけると、男は「や、やめろ、降参する!」と大きな声を上げる。

 押さえつける手を緩めると、男はその隙に私を突き飛ばして起き上がろうとする。だけど、その前にサーラの顎を思いっきり蹴り上げられて倒れていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る