第二章 6 王都からの手紙

 書斎の机で手紙を読んでいたジュリアンは、小さくため息を吐いてその手紙を置く。部屋に入ってきたアルセーヌが、「王宮からですか?」と気になる様子で尋ねてきた。

「ああ……ジルベールとカリエール嬢の婚約発表を兼ねた舞踏会を開催するらしい」

「一度、王都に戻られるのですか?」

「まさか。形式だけだよ……顔を出せとは書かれていない。それに、私がいまさら戻ったところで、水を差すだけさ」

 それに、隣国イブロアが不穏な動きを見せている今、砦を留守にするわけにはいかない。王都に戻っている間に攻め込まれては、それこそ大事だ。

 舞踏会に参加したところで、弟を含めて誰も喜びはしない。鼻つまみ者は大人しくしているに限る。


「それに……面倒くさいんだ」

「なるほど。ですが、欠席をしても角が立つのでは?」

 そこなんだと、ジュリアンは頬杖をついてため息を吐く。顔を出さなければ出さないで、あることないこと噂を立てられる。権力闘争に巻き込まれるのはご免だが、第一王子であるという自分の立場を考えれば、それは逃れられぬ宿命のようなものだ。王位に興味などないと言ったところで信じてもらえるとも思えない。

 腹黒い連中は、他人の腹も当然黒いものと思い込んでいる。


「いっそ、王位継承権など放棄してしまった方がいいんだろうけどね」

「殿下に期待を寄せているものもいるのです」

 アルセーヌは真剣な表情になって言う。ジュリアンは、「そうだな」と呟くように答えた。

「祝いの品くらいは贈らないとな」

 王都に戻ることも、弟やその婚約者の顔を見ることも、おそらくもうないだろう。それは〝定められた運命〟だ――。

 この砦で迎える冬も、今年で最後になる。

 ジュリアンは立ち上がり、窓のそばに移動する。

 片方の窓だけ開けると、冷たい風が吹き込んできた。ふと、その視線を下に向ける。

 

 裏庭で一人、木剣を振っているのはジャンヌだった。訓練の合間に自主練習をしているのだろう。書斎からよく見える場所だとは、気づいていないようだった。

 真剣な顔をして剣の稽古をする彼女の姿を、ジュリアンはしばらく眺めていた。

 アルセーヌがそばにやってきて、窓の外を覗く。


「クロエ嬢……いつもあそこで稽古をしているのですか?」

「そのようだ。頑張っているようだよ」

「今度の狩りにも彼女を参加させるのですか?」

 アルセーヌが、ジュリアンの顔を見て尋ねる。

「マルセルに任せてある。私が決めることではないよ」

「足手まといにならなければいいのですが」

「……それは、大丈夫じゃないか?」

 ジュリアンは目を細め、彼女に気づかれないように静かに窓を閉めた。



  



 

 


 


 

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