第二章 6 久しぶりの救護室

 翌日の朝、マリーのいる救護室に出向いた私は、庭にいたベルナルド三兄弟を見て少しばかり驚いてしまった。三人とも、庭の草むしりをしたり、シーツを干したり、水汲みをしたりと、それぞれの仕事をこなしている。しかも、真っ白なエプロンまでちゃんと身につけていた。

「あ、あなたたち……いったいどうしちゃったの?」

 私がおずおずと声をかけると、三人とも「ああっ?」と不機嫌そうに言いながら集まってきた。

「嬢ちゃんじゃねーか。何か用かよ?」

 顔をグイッと寄せてこられて、私は身構えるように後ろに下がる。

「マリーに用事があったから」

「マリー先生は今、診察中だ。今朝、腹痛で運ばれてきた野郎がいたからな」

「そうなの。じゃあ、少し待っているわ。それにしても……ちゃんと手伝いをやってるなんて、立派じゃない」

「まあな、訓練でしごかれるより、ここで大人しくしてる方がずっと楽だからよぉ」

「そうそう、マリー先生のうまい料理も食えるしな! ここの食い物に比べたら、兵舎で食っていたクソマズい食い物なんて、ただのブタの餌だぜ!」

 ベルナルド三兄弟の言葉に、私は「わかる、わかる!」と頷いた。

 マリーと一緒に作った焼きたてのパンの味も、菜園で捕れた野菜のスープもおいしいものね。それに、この救護室では燻製のチーズや干し肉も作っている。


「さっき収穫したばかりの野菜、そこに置いてあるから、持って帰れよ」

「俺たちも世話をしたからな!」

 三人とも誇らしげに言って、カゴに積まれている野菜の山を指さす。

「あなたたち……ずいぶんと、丸くなったじゃない」

 これも、きっとマリーの穏やかな性格のおかげね。

「そりゃ、俺たちだって、好きで荒くれてたわけじゃねーからよぉ」

「おうよ、畑仕事してると、母ちゃんを思い出すしな!」

「マリー先生は癒やしの天使だぜ」

 三人とも、すっかりここの生活を気に入っているようで、表情まで穏やかになっている。適材適所だったのかしら。そう思うと、あのデュラン将軍が三人を連れてきたのも、意外と見る目があったのかもね。まあ、たまたまかもしれないけど。


 この様子では、三人がマリーに危害を加えたり、反抗したりすることはなさそうだ。すっかり尊敬しているようだし。

「よかったじゃない。マリーもきっと、あなたたちが来てくれて助かっていると思うわ。しっかり、頼むわね! ここも意外と安全ってわけじゃないんだし」

 この前の立てこもり事件のこともある。それを思うと、彼らがいてくれるほうが、安心なのかもしれない。デュラン将軍が、そこまで考えていたのかどうかはわからないけれど。それとも、ジュリアンの判断かしら?

「おうよ、任せておけって」

 ベルナルド三兄弟は、ニカッと笑っていた。

 

「ジャンヌ~~っ!」

 救護室の扉が開いて、マリーが駆け出てくる。部屋の窓から私の姿が見えたのかな。私は「マリー!」と、抱きついてくる彼女をガシッと抱き締めた。

 久しぶりの抱擁を交わして、私たちはピョンピョンとウサギみたいに飛び跳ねる。

「会いたかったよ~~」

「私もよ! マリーが元気みたいで安心したわ」

「うんっ! それより、ジャンヌ、どうしたの? 怪我したとか!?」

「ちょっと肩に痣ができちゃって。だから、シップ薬をもらおうと思ったの。ジュリアンに……言われたから」

「痣!? も、もしかして……お兄ちゃんの仕業なんじゃ……ごめんね~、ごめんね~、お兄ちゃん、悪気はないんだけど、バカ力で乱暴者なの~~っ!」

「訓練だもの。仕方ないわよ。それに、そんなにひどいわけじゃないし」

「もーっ、お兄ちゃんってば、女の子相手にひどいよ! ジャンヌ、こっちに来て。すぐに見るから!」

 マリーは私の手をつかむと、厨房の方へと引っ張って行く。


 私を厨房に連れて行ったのは、ついでにお茶とお菓子を振る舞ってくれるためだったみたい。それに、救護室には腹痛で運ばれた兵士が休んでいる。

 椅子に腰掛けた私は、シャツのボタンを外して肩までずらし、マリーに痣を見せた。

「こんなにひどくなっちゃってるなんて。すぐに来てくれれば良かったのに!」

「見た目ほど酷くはないわよ。ズキズキするけど、我慢できないほどじゃないし」

「シップ薬、ちょっと臭いんだけど我慢してね! それと、毎日取り替えること」

 マリーは痣のできた肩に、ひんやりとしたシップを貼る。

 薬草を練って作った塗り薬がついているから、かなり独特の臭いがした。


「これでよし。三日もすればだいぶよくなるはずだよ」

「ありがとう、マリー。臭いはともかく……気持ちいいわね」

 痛みが引いていくような気がする。私はすぐにシャツを戻して、ボタンを留める。

 その間に、マリーは用意したお茶をカップにいれてくれた。お菓子の器にはクッキーが盛られている。


「こうして、ジャンヌとお茶をするのも久しぶりだね」

 向かいの椅子に腰をかえたマリーは、カップを手に嬉しそうに微笑む。

「そうね。マリーの焼いてくれたクッキー、やっぱりおいしい! 兵舎じゃ、お菓子なんて少しも食べられないもの。やっぱり救護室に戻りたいなぁ」

 私は行儀悪く頬杖をつきながら、クッキーをかじる。

「私もジャンヌを早く戻してくれるように、お兄ちゃんを説得してみるよ~」

「そうだ、あの三人はどう?」

「頑張ってくれてるよ~。三人とも、最初はおっかない人たちかと思ったけど……頼んだことはちゃんとやってくれるし。三人がね、この前砦の近くに仕掛けていた罠に猪が引っかかったからって、燻製のお肉を作ってくれたの。後で、兵舎にも届けるね~」

「そうなの、以外と頼もしいじゃない」

 猛獣が出た時には腰を抜かしていたけど、猪くらいなら平気なのね。

「うん。洗濯もしてくれるし、薬草のことも熱心に勉強しようとしてくれてるから、助かるよ! あっ、でも、やっぱりジャンヌがいてくれた方が私は嬉しいなぁ。だって、ジャンヌと一緒に作業するほうが楽しいもの。女の子同士だし……」

 私は「そうだね」と、笑う。


「あっ、そうだ。ジャンヌはサーラと同じ兵舎でしょう?」

「ええ、そうよ。部屋は別々だけど。マリーもサーラのことは知ってるのね」

「うん、サーラはこの砦に長くいるから。剣の腕も男の人顔負けだよ。春の試合じゃ、決勝まで残っていたし。今度行われる狩りでも、きっと一番じゃないかな」

「狩りが行われるの?」

「冬が来る前にね~。冬ごもりする前は、猛獣が村近くまで現れることがあるから。周りの集落の人たちに頼まれて、狩りをしているんだよ」

「この前現れた猛獣みたいに、凶暴なのかしら……」


「あっ、そうか。ジャンヌはここに来る前に、猛獣に襲われたんだよね!」

 クッキーを頬張っていたマリーが、思い出して言う。私がここに初めて連れてこられた時、私は猛獣の血を浴びていてマリーを驚かせてしまった。

「ええ……こ、怖かったわ。見知らぬ人のおかげで、助かったけれど……その狩りって、やっぱり私も参加することになるよね?」

 あのデュラン将軍のことだから、女性だからって免除してくれそうにはない。

 サーラも参加するならなおさらだ。きっと、全員参加だろう。

 私は「気が進まないなぁ」と、ため息を吐く。


「ジャンヌ、怖かったら、仮病を使ってここに逃げてくればいいからね!」

 マリーは真剣な表情で、私の両手を握ってきた。

「う、うん……その方法は、最後の手段にとっておくわ。それに、後ろの方で、石を投げるくらいなら……私にもできるかもしれないし」

「それがいいよ! 猛獣相手に戦うのは、お兄ちゃんに任せておけばいいんだから。お兄ちゃん、猛獣でも敵でも、容赦なく突っ込んでいくから!」

「ええ、できれば、そうさせてもらうわ……」

 私は苦笑いを浮かべ、ハーブのお茶を啜る。体が温まって、ホッとした。

 猛獣狩り、何事もなければいいけれど――。

 初めてのことだからか、不安が胸を過った。

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