第二章 4 試合

 どうしてか、デュラン将軍と一対一の試合をすることになってしまった私は、かれこれ十分ほど打ち合っているけれど、まだ一撃を入れられていない。

 私の方が劣勢で、見守るギャラリーの兵士たちも、いつの間にか静かになっていた。というよりも、いつの間にかすっかり集中していて、周りの雑音なんて耳に入らなくなっている。


 呼吸を整え、距離を取りつつ、私はデュランの動きを目で追う。この前相手にした引きこもり犯のリーダー格の男なんかよりずっと強い。ただ、ジュリアンよりは動きが遅い。ただ、馬鹿力だ。


「逃げ回ってばっかりじゃねーか。ハエ叩きしてんじゃねーんだよ。いつまで続けるつもりだ? いい加減、飽きてきたぜ!」

 デュラン将軍は痺れを切らしたみたいに突進してくる。その木剣を両手で受け止めたけれど、最初に肩にくらった一撃が効いていて、ズキンッと痛みが走る。


「すげー……あの将軍相手に、よく続くな……」

「あの女、以外と根性あるんじゃねーか?」

「おい、負けるなーっ!」

 そんな声がポツポツと上がる。戦いに夢中になっていた私は、不意に我に返る。

 そうだよ。私がこの人に勝たなきゃいけない理由はみんなの酒代だけだ。

 ここでもし、勝てたとしても私にとっていいことは一つもない。それどころか、余計な注目を集めてしまうだけだ。

 

 この世界での私はバトルゲームマニアではない。性格が悪いだけの生粋のお嬢様だ。疑われたら面倒だ。だとすれば、ここは大人しく負けてしまう方がいいんじゃない? そもそも、最初に一撃を与えてやったんだし。これ以上、戦う必要なんてないでしょ!

 

 冷静になった私は力を抜いて木剣から両手を離す。「キャアッ!」と、お嬢様らしい悲鳴も上げた。これで、負けてしまえばいい。そう思ったのに、私が急に木剣から手を離したものだから、デュラン将軍は体勢を崩して木剣で地面を叩く。


 その一瞬、私の脳裏に、『今だ!』ともう一人の私の声が過った。

 瞬時に攻撃態勢に切り替えた私は、体を回転させ、肘っを前屈みになったデュラン将軍の頬に叩き込んでいた。

 

 この一撃は、文句なしに決まってしまって、デュラン将軍は大きく蹌踉めく。その鼻からボタボタと血が垂れていた。誰もが仰天したように私たちのほうを見ていた。


「てめぇ…………っ!!」

 逆立ってる赤髪が、噴火した火山みたいに見えた。興奮したせいで、余計に鼻血が噴き出している。


「わざとじゃないんです、ごめんなさいぃぃぃぃ~~~っ!!!」

 私は後退りして、震える声で訴えた。

「たまたま、肘が当たっちゃっただけですぅぅぅぅx~~~~!!」

 私は青くなってさらに距離を取る。デュラン将軍を怒らせて崖に吊されたあげく、鳥の餌になってゲームオーバーなんて結末は最悪すぎる。

 そもそも、一撃入れたら私の勝ちじゃない。勝負なんだから、一発くらって鼻血が出たからってキレるのは大人げないわよ。

 私は「落ち着いて……どーどー……」と、暴れ馬を宥めるように言い聞かせる。


 やっぱりもっとあっさり、あっけなく負けておけてばよかった。つい、ムキになってやっちゃったじゃない。私の馬鹿、馬鹿、馬鹿~!

 後悔しても遅いけど。

 マリー、ごめんね。これからボコボコにされた私が救護室に搬送されると思うけど、驚かないでね。私は心の中で涙を流し、両膝をその場についた。 

 

 胸ぐらをつかまれたけれど、私は抵抗しなかった。

 できるだけ痛くないように祈りながら、殴られる衝撃に備えて目を瞑る。

 だけど、すぐに突き放されて、もう一度尻餅をついた。

 

 恐る恐る目を開くと、デュラン将軍はお金の入った巾着を私の前に投げて、背を向けていた。

「てめぇの勝ちだ。今のはさすがにきいたぜ……」

 そう言うと、手を振って立ち去る。


「ジャンヌ! すごいじゃないか。今のは見事なカウンター攻撃だったぞ!」

 駆け寄ってきたサーラが、私に抱きついて嬉しそうに言う。他の兵士たちも歓喜の声を上げ、拳を振り上げて集まってくる。

「酒だーっ、酒が飲めるぞー!」

「嬢ちゃん、よくやったぜ!!」

 周りを取り囲んだ兵士たちは、労うように私の肩を叩いて褒めてくれる。私が手にしていた巾着は、いつの間にか兵士たちの手の中だ。

 ワイワイ言いながら、巾着袋を胴上げでもするように宙に放り投げては受け止めている。お酒が飲めるのがそんなに嬉しいのかしら。みんな、子どもみたいにはしゃいでいる。


 私は疲れてため息を吐くと、膝を払いながら立ち上がった。

「君は王都で剣術の稽古をしたことがあるのか?」

 サーラに聞かれた私は、「えっ、えーと、その……時々、先生が……」と誤魔化した。

「そうか、君の師範は優秀な人だったんだな。あのデュラン将軍からは、私もまだ一本も取ったことはないのに」

 尊敬するように言われて、私は「たまたま、運が良かったのよ」と首を竦めた。

 それとも、運が悪いと言ったほうがいいのかも。

 でも、まあ――みんながこんなに喜んでくれているんだからいいか。

 それに、あのデュラン将軍も傍若無人だけど、ちゃんと約束は守る人みたいだし。

 

 疼く肩に手をやって、息を吐く。

 私はお酒よりも、私は温泉のほうがいいな――。

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