第二章 3 訓練

 マリーの兄、マルセル・デュランによって、不運にもベルナルド三兄弟とトレードされてしまった私が、兵士の訓練に参加させられるようになって三日が過ぎていた。

 三日も、こんな監獄のような生活に耐えられた自分を褒めてあげたい!

 

 起床は日の出前。身震いがつくような寒さの中、朝は筋トレをし、兵舎に戻って十分ほどの休憩時間の合間に、石のように硬いパンを喉に押し込み、昼からは、岸壁をよじ登り、休む暇もなく剣の打ち合い稽古。さらに道の補修作業に、砦の修繕までやらされて、ヘトヘトになりながら兵舎に戻ったと思ったら、また石のように硬いパンを飲み込んで、今度は掃除に洗濯。寝床に入れるのは、日付が変わった後。

 

 超ブラックもいいところじゃないの!

 おかげで全身が筋肉痛。歩くのも、階段を上がるのも辛いほどだった。

 ベルナルド三兄弟が命がけで脱走したくなる気持ちもわかるというものよ。私だって、隙があれば逃げ出したいわよ――――っ!


「怠けんじゃねーぞ! 手を抜くような○○野郎は、地獄の筋トレメニュー追加だからな。へばった腰抜けも、逃げ出す馬鹿も、全員地獄送りだ。生き延びたけりゃ、死ぬ気でやれ!!」

  

 偉そうに椅子にふんぞり返っているデュラン将軍は、剣の打ち合い稽古をする私たちに向かって大声を張り上げる。この人の声は、五キロ先にでも届きそう。空を舞っていたトンビまで驚いて遠くに逃げていた。


 私の相手をしてくれているのは、背の高い女性の兵士だ。ここに来て、私は少なからず女性もいることを知った。兵舎も女性用の兵舎と、男性用の兵舎はちゃんと分けられている。その点の配慮は、さすがにしてあるようだった。それはそうよね。この砦の責任者はジュリアンなんだもの。

 

 問題なのは私たちを監督しているデュラン将軍だ。温厚でのんびりしているマリーの兄さんとは思えないくらい、厳しくて、口も悪くて、乱暴で、おまけに容赦がない。


 私の相手をしてくれている女性の兵士の名前は、サーラ・リザレット。ちなみに、女性兵舎の寮長もしている人だ。元もと王宮の護衛官だった人だから、腕は立つ。私の剣を受け止めると、素早く打ち返してくる。動きに無駄がなくて速かった。

 強いな、この人――。

 打ち合っている私もサーラも汗だくだった。この訓練を二時間以上続けているだから、限界だとばかりにふらついて膝をついている兵士もいる。「休憩か? 随分と余裕じゃねーか。おい、立てよ。俺が鍛えてやる」と、デュラン将軍がやってきて、兵士のお尻を蹴っ飛ばした。


 私もマリーも、目を合わせないようにして、打ち合いを続ける。だけど、私も体力が続かず、息が上がってしまう。私の木剣が、サーラの木剣に弾かれて後ろに飛んでいった。すぐに取りに行ったけど、拾い上げる前にデュラン将軍が木の剣が踏みつける。

 

 私は冷や汗を垂らして、その顔を恐る恐る見た。

「あ、あの~~~~」

「嬢ちゃん、ダンスのお相手なら俺様がなってやる。遠慮なくかかってきていーぞ」

 ニヤーッと笑ったデュラン将軍は、いきなり私の腹部に拳を叩き込んでくる。

 考える前に、私の体は慣れた格闘技ゲームの動きを思い出し、後ろに引いていた。だけど、完全にはかわせなくて地面に投げ出されてしまう。

 何が――ダンスのお相手よ。馬鹿にして!

 胃から込み上げてくる吐き気を堪えて、何とか立ち上がった。「ジャンヌ!」と、サーラが駆け寄ってきた。

「デュラン様、ジャンヌはまだ入ったばかりですよ!」

 サーラは私とデュラン将軍の間に割って入ると、庇おうとするように言ってくれた。それを、「それがどーした」とデュラン将軍は押し退ける。


 私は警戒して後ろに下がりながら、落ちた木剣を拾い上げる。この人、女性だからって、遠慮とか手加減はしてくれない。訓練なんだから、当然と言えば当然だけど。さっきの一撃もくらっていたら、すぐには立ち上がれなかったはずだ。

 

「おもしれー。やる気満々じゃねーか。嬢ちゃんが、俺に一撃でもいれられたら、ここにいる全員に酒を奢ってやる」

 デュラン将軍の面白がるような提案に、周りで見ていた兵士たちが歓喜の声を上げる。

「え……っ! ちょ、ちょっと待ってよ! 勝手に賭けにしないでちょうだい」

 みんなすっかり盛り上がってしまっていて、「おい、嬢ちゃん、頑張れ!」、「負けんな、ボコってやれ!」と、勝手な野次を飛ばしてくる。その上、「酒! 酒! 酒!」と、まるで居酒屋の酔っ払いたちみたいに、コールし始めた。


「そのかわり、てめーが一撃も入れられなかったら、ここにいる全員から、俺の酒代を徴収するからな」

 デュラン将軍が腕を組みながら言うと、一瞬水を打ったように静まり返った後で、「おい、嬢ちゃん、絶対負けんじゃねー!」、「死ぬ気で戦ってくれ!」と無責任な声を上げ始めた。


 冗談じゃないわよ。なんで、私が酒代をかけて戦わなきゃいけないの!

 私はお酒なんか飲めないし、飲みたくもないのよ。

「ジャンヌ……私のパワー全部送る!」

 サーラが真剣な表情で、私の両手を強く握り締めてきた。

 あなたもなのね、サーラ――。

 私はううっと泣きそうになる。断りたくても、断れない雰囲気にすっかりなっていた。もし、拒否すれば暴動が起きそう。

 

 デュラン将軍はサーラの手から木剣を奪い取ると、「さあ、かかってきやがれ」とやる気満々で臨戦態勢になっている。ここで負ければ、間違いなくみんなの恨みは私に向くだろう。勝てば、このデュラン将軍に目をつけられそうだ。どっちにしろ、私には少しもいいことはない。


「デュラン将軍、私のような初心者相手に大人げないと思いませんの?」

 私はお嬢様風の口調で嫌みを放った。

「思わねーな。実力を測るための試験だ。本気でやれよ。俺は手抜きをするやつはぶちのめしたく性格なんだ」

 言い終えるより先に、デュラン将軍は私に打ちかかってくる。目が追えないほど速いわけではない。動体視力には自信がある。だけど、体の方が間に合わなかった。

 肩に一撃を受けた私は、ガクンッと膝をつく。痛みで涙が滲んできて、膝が震えるていた。


「なんだ、手応えねーな。本当に、立てこもり犯の男をやったのはお前かぁ?」

 デュラン将軍は私を見下ろして、半信半疑にきいてくる。

 周りの兵士たちは、「嬢ちゃん、立て!」、「お願いだ。一撃でいい!」と祈るように声援を送っていた。


 まったくみんな無責任だし、身勝手じゃない。私は腹が立ってきて、立ち上がりながらクッとデュラン将軍を睨む。私はこういう俺様系傍若無人男が一番、嫌いなのよ!


 私は木の剣を、デュラン将軍の足の甲に思いっきり突き立てる。まさかそんな手に出るなんて思ってもいなかったみたいで、デュラン将軍は「ぐっ!」と声を漏らして、足もとを見た。

  

「一撃で、よかったんですわよね?」

 私がニヤーッと笑って言い返すと、デュラン将軍の顔色がみるみる変わる。

 周りの兵士たちはポカンとしていたけれど、すぐに興奮したように大騒ぎしていた。


「今のはなしだ。無効」

「はぁ!? なんでよ!?」

 約束を反故にする気!? みっともないわね。

「なぜなら、少しも効いてねーからだ。ウサギに踏まれたくらいのダメージしかねーような一撃じゃダメだ」

「勝手に自己都合でルールを変えるんじゃないわよ!」

「ガタガタぬかしてんじゃねぇ! 俺様のルールに従えないやつは、全員、鳥の餌だ!」

 

 だったら、思いしらせてやろうじゃないの!

 バトルゲームで染みついている闘争心に、すっかり火が点いてしまった。


 

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