第二章 1 引き離された二人
落石事故の重傷者も治療を終えて兵舎に戻っていったから、私とマリーはいつものように、菜園の手入れをしたり、パン作りをしたりと、のんびりした平和な時間を過ごしていた。私はマリーと一緒に菜園から薬草や、野菜を収穫する。今日は天気がいいから洗濯もした。庭の物干しでは、シーツが気持ちよさそうにはためいている。
日差しが穏やかだった。
「ずーと、こんな毎日ならいいな」
私は手を止めて空を眺めながら呟いた。この砦での生活こそ、自分が求めていた理想の生活のような気がしてくる。自給自足の田舎暮らしって、ちょっと憧れだったし。マリーという気の合う友人もいる。言うことなしよ。
「そうだねぇ~。あっ、そうだ。冬の訪れの前に、保存食をいっぱい作っておかないと。魔法薬も多めに用意しておかないと」
マリーは野菜の土を払いながら、「よいしょ」と腰を上げた。私はマリーを手伝って収穫した野菜をカゴにいれる。
「ねぇ、マリー。この砦の冬って、やっぱり寒いの? 雪が降るのかな?」
「雪はいっぱい降るよ~。道が通れなくなるかもしれないから、街にもそうそう行けなくなるし……食べ物に困らないように、準備はしっかりしなきゃ。王都はそんなに雪が降らなかったの?」
「えーと……こっちほどじゃないと思うわ」
私は王都で冬を迎えたことがないから、実のところよく知らなかった。それから、大事なことを思い出して「あっ!」と声を上げる。
マリーは「どうしたの?」と、私を見る。
「私……冬用の服もマントも一つも持ってきてないわ……」
薄手のドレスが一着と、寝間着だけ。今着ている動きやすい服は、マリーから借りているものだ。公爵令嬢といっても、家からほとんど縁を切られている。
手紙を送っても、服を届けてはくれないわよね。お金だって、わずかな路銀しか持ってきていなかった。もちろん、装飾品なんて邪魔だから持ってきていない。お金に換えられそうなものもなかった。
「私って、今はど貧乏じゃない……」
「そっか~。ジャンヌの冬物もいるよねぇ~。あっ、そうだ。今度、一緒に買い物に行こうか。雪が降り出す前に、私も買いたいものがあるから」
私は「街!」と、目を輝かせてマリーを見る。だけど、すぐに「や、やっぱり、いいわ……」と断った。
「お金の心配ならいらないよ~? 私もそれほどたくさんは持っていないけど、少しくらいはお給金も入るから」
「そうはいかないわよ。マリーのお給金はマリーが働いて稼いだお金だもの」
そうだ。お屋敷から着てきたドレスを売れば! と、思ったけれど、魔獣の血を浴びてしまったから、染みが取れないんだった~。
困ったな。服がなければ冬を越すのは難しそうだ。
やっぱり、マリーに少し借りる? ちゃんと返すからって。
「私は困らないよ? 砦にいたら、お金なんてそれほど使わないし……」
「ダメダメ、やっぱり迷惑はかけたくないもの!」
「ジャンヌって、律儀だよね~。そうだ、だったらジュリアン様に相談してみれば?」
「ええ~!? そ、それこそ、ダメよ」
冬用の服を買うお金がないんですなんて、恥ずかしくて言えない。
私はプルプルと首を横に振った。
「な、何とか……考えてみるわよ」
やっぱり、あのドレスの染みを落として売るしかなさそうだ。生地は上等だし、レースやリボンも高級なものを使っている。多少染みのあとが残っていても、買ってもらえるかもしれない。マントと冬用の厚手の服、それにブーツが一つ買えればいい。
今の靴では、雪の中は歩けそうにないもの。この際、古着でもかまわない。
マリーと一緒に救護室に戻ろうとした時、「おい、ジャンヌ・ド・クロエという女はいるか!?」と大きな声が聞こえてビクッとする。柵を開いて遠慮なく入ってきたのは赤い髪の男の人だ。
「あっ、お兄ちゃん」
「えっ、マリーのお兄さんってこの人!?」
私は驚いてマリーを見る。確かに、マリーの髪も綺麗な赤色だ。
小柄なマリーとは違い、男の人は背が高く、がっしりとした体格をしている。それに、目つきがなんだか――ヤバそうだわ。
「よぉ、マリー。ちょっと邪魔するぜ。こいつが、ジャンヌって女だな?」
マリーの兄さんはロープを引っ張ってやってくる。そのロープに縛られているのは、あのベルナルド三兄弟だ。三人とも頬が腫れたり、頭に大きなたんこぶを作って、大人しくしている。
「は、はいっ、そうですけど!?」
私は緊張して返事をする。
マリーの兄さんは「そうか、じゃあ連れて行くぜ」と、私の手をつかんだ。
「えええええ~~っ、あの、ちょっとどこに連れて行くのよ!? 私はこれから、マリーと一緒に楽しく保存食作りをするつもりなんですけど!?」
私は「うるせぇ」と、マリーの兄さんにギロッと睨まれて口を噤む。
こ、この人――見た目通り怖い! ふわゆる癒やし系のマリーとはまったく違う。
「そ、そうだよ、お兄ちゃん。ジャンヌを連れていかれると困るよ~」
マリーもあたふたしながら、兄を止めようとする。
「心配しなくても、身代わりは用意してある。この役立たずどもを置いていくから、好きに使っていいぜ。血の気が有り余ってるらしいから、思う存分、搾り取ってやれ。こいつらもそれがお望みらしいからな」
マリーの兄さんはニッと笑って、三兄弟を繋いだロープをマリーの手に渡す。
「はぁ!? この野郎、なに言ってやがる!! 俺たちを離せ!」
「クソ赤毛野郎!! てめえぇ、ぶっ○ろす!!」
「誰がてめえらの言うなりになるか。逃げ出すに決まってんだろ!!」
三兄弟はいきなり復活したように、喚き始める。
その声に、マリーはビクビクして、ロープを手放しそうになっていた。
「こんな人たちをマリーのところに置いていくなんて、危ないに決まっているじゃない! 飢えた狼に子ヤギを差し出すようなものだわ!!」
「心配ねえ」
マリーの兄さんはそう言うと、三兄弟の一人の胸ぐらをつかむ。
「おい、てめえら。マリーに汚ねえ指一本でも触れてみろ。歯を全部引っこ抜いて、目玉もくりぬいてやる。あと、逃げ出せば砦の外壁に生きたまま吊して鳥の餌だ。マリーの命令は俺の命令だと思え。逆らえば、切り刻んでブタの餌だ。分かったか、ゴミかすども」
脅すように言うと、三兄弟は揃って首を縦に振っていた。
マリーの兄さんは妹の方を向くと、「何かされたら、即刻知らせろ」と優しい声になって言う。頭を撫でられたマリーは、恥ずかしそうにしながらも頷いていた。
「でもやっぱり、ジャンヌにはいてもらわないと、困るよ~~っ!」
「気にするな。ちょっと借りるだけだ。使い物にならなかったから、返してやるよ」
マリーの兄さんはヒラヒラと手を振って、私を引きずっていく。
使い物にならなかったらって、何~~~っ!?
「ジャンヌ~~っ!」
「マリ~~っ!」
私とマリーは涙を浮かべ、手を伸ばして名前を呼び合う。
これではまるで、運命に引き裂かれるロミオとジュリエットだわ――。
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