第二章 8 治療魔法に必要なもの

 お湯を沸かし、タオルや魔法薬を救護室に運ぶと、マリーは重傷者の傷を治しているところだった。五人目の治療を終えたところで、「先生、お願いします!」と兵士が担架でまた新たな負傷者を運んでくる。

 駆け寄ったマリーは、土と血で汚れている兵士を見て、真っ青になりふらついていた。彼女の腕には痛々しい切り傷がいくつもついている。治療魔法を行うために、自分の血をかなり使ったのだろう。まくった袖口も、血で汚れてしまっていた。

 

 兵士はもう息も絶え絶えになっている。マリーは「とにかく……応急処置だけでも」と、下ろした担架のそばに膝をついていた。医療用のナイフを手に自分の肌を傷つけようとする彼女を見て、「待って!」と私はその腕をつかんだ。

「もう無理よ、続けていたらマリーの方が倒れるわ!」

「でも……魔法薬だけでは無理だよ……」 

 マリーは泣きそうな目を私に向けてくる。全員を救えないかもしれないと、心の中では分かっているのだろう。それでも、最後まで、救いたいと彼女も必死なのだ。

 担架を運んできた兵士も、困惑したような表情で私とマリーを見ている。

 私はむせて血を吐いている負傷者に目をやってから、マリーに視線を戻した。


「マリー、治療魔法に使う血は術者の血でなくてはいけないの?」

 私が尋ねると、マリーは思ってもみないことを言われたように目を見開く。それから、小さく首を横に振った。

「人の血なら術者に限らないと……思う。試してみたことがないからわからないけど……」

 私は自分の袖をまくって、マリーに腕に差し出した。

「それなら、私の血でもかまわないのでしょう? 遠慮なく使ってちょうだい!」

「ええっ!? そんなこと……頼めないよ。ジャンヌは医療魔法士じゃないし……」 

 マリーは驚いて、困惑したように首を横に振る。

「医療魔法士じゃなければ、血は役に立たないの?」

「そうじゃない、そうじゃないよ!」

「だったら、問題ないでしょう? これ以上、マリーが自分の血を使えば、倒れてしまうわ。治療魔法を行う者がいなくなってしまったら、本当にもう誰も助けられない。私には魔法が使えないもの。だから、マリーに倒れられては困るのよ。私なら平気でしょ。だったら、迷っている場合じゃないわ」

 私の言葉を真剣な表情で聞いていたマリーは目を伏せてから、覚悟を決めたように私を見る。

「わかった……ジャンヌの血を貸りるね! お肉三倍にして返すから!」

 私は「そうしてちょうだい」と、笑って答えた。

 マリーは私の腕を取ると、緊張した手でナイフを肌に当てる。


「それなら、俺たちの血も使ってください! こいつは同じ班の仲間なんです!」

「俺もお願いします!」

 担架を運んできた兵士が私とマリーの前にズイッと太い腕を突き出してくる。

「マリー先生だけに、負担をかけられるか!」

 兵士たちの言葉に、マリーはジワッと涙ぐんでいた。

 この砦で長く兵士たちの治療や看病を行ってきたのだ。兵士たちにとっては、いなくてはならない人だ。マリーのために、仲間のために、申し出てくれる。

 なんだ、砦のみんな、いい人たちばかりじゃない。どこが地獄のような砦よ。

 私まで胸が熱くなってきて、涙が滲んでくる。

「みんな……ありがとう……ありがとう……絶対、助けるよ!」

 マリーは涙を拭って、グイッと顔を上げていた。


 

 

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