第二章 2 解説書の結末
『ごめんね~、ごめんね~、ジュリアン様がいらっしゃるなんて思わなくて! いつも遅い時間に入っていらっしゃるみたいだから。今日は雨に濡れたから、早めに入ったのかしら。本当、ごめんね~!』
私が目を覚ましのは救護室に運ばれた後で、マリーが事情を話してくれた。
お湯にのぼせた私をマントでグルグル巻きにして戻ってきた美形男子ことジュリアン王子は、困った顔をして『助けてくれないだろうか』と救護室にやってきたらしい。
マリーはそのことを、私の髪を梳かしながら話してくれた。ジュリアンの様子を思い出すと笑いが込み上げてくるらしく、時々、横を向いて肩を振るわせていた。
私は恥ずかしいやら、頭が混乱しているやらで、また頭に血が上り、クラクラして倒れそうだった。そんな私に、マリーは温かいミルクをいれてくれて、今日はゆっくり休むように言い残して部屋を出ていった。
救護室は砦の一角にあり、菜園のある小さな庭を囲むように厨房と宿舎が並んでいた。私に与えられた部屋は、その宿舎の角。マリーの部屋の隣だ。狭いといえば狭いけれど、ワンルームマンション暮らしだった私は慣れている。私が元の世界で暮らしていた部屋も、同じくらい狭かった。その上、家賃は毎月七万円。それに比べたら、ただで住めるのだから十分だ。
もちろん、公爵家のお屋敷の特大の部屋からすれば、ドレッサールームよりも狭いスペースだけど。私には華美で目がチカチカするような落ち着かない調度品の並ぶ豪華な部屋より、このオンボロで簡素な部屋の方がずっと落ち着く。元の世界の私は、なかなかの貧乏性だったから。
寝間着に着替えた私は灯りを灯し、傷だらけの小さな木の机に向かう。外は風の音がうるさかった。私は荷物袋の中から、ジャンヌ・ド・クロアの日記帳を取り出して、その間に挟んでいたものを取り出した。
『キュンキュン❤ラバーズファンタジー』のパッケージに挟んであった五ページにも満たない薄っぺらの解説書だ。それは、私がこの世界に転生してきた日、なぜかドレスのポケットの中に押し込まれていた。
まるで、この解説書だけで何とか生き延びろと言われているみたいな気がした。
解説書には簡単なあらすじと、人物相関図、ステータスや好感度の上げ方などが必要最低限書かれている。
私はこちらの世界にやってきてから、目を皿のようにして何度もその解説書を読んでみた。でも、もちろん私こと、ジャンヌについての記述はあらすじの冒頭に書かれているだけ。それも、レリアを突き飛ばして、辺境送りになったという例のプロローグイベントだけだ。
私は相関図を眺める。主要人物は五人。その内の一人がジルベール王子で、他には豪商の息子や、訳ありな貴族の子弟、謎の魔術師など、私の知らないイケメンの名前が並んでいる。
頬杖をついて、マリーのいれてくれた温かいミルクを飲みながら相関図を改めて眺めていた私は、その中にジュリアンの名前がないことに気づいて、「あれ?」と声を漏らした。
ジュリアンはやっぱり隠しキャラ?
レリアとは恋愛関係にならないのかな。でも、ジルベール王子の兄で、この国の第一王子のはず。そんな重要キャラに恋愛フラグを立てないなんておかしい。
私はもう一度、解説書を端から端まで、じっくり読んでジュリアンの名前を探す。
「あっ、あった……」
なんだ、あらすじに名前が登場してくるじゃない。第一王子のジュリアンは、辺境で砦の防衛任務に長年ついている。けれど、隣国に攻め込まれ、砦は陥落――。
ジュリアンは戦いで命を落とし、その後、第二王子のジルベールが隣国と交渉。
休戦協定を結び、長きに渡る両国の戦いを終結。その功績により、正式に王太子になったジルベールは、晴れてリレアに求婚する。
椅子から立ち上がった私は、机の灯りを倒しそうになってしまった。
ということは、ジュリアンも私と同じ、プロローグ開始五分で退場するモブ扱いの王子ってこと!?
これではまるで、ジルベールに手柄を立てさせるために、存在しているみたいじゃない。
「それなのに、なんであんなに無駄に美形なの~~っ!」
私は両手で頭を抱える。イケメンと評判のジルベールの兄だから、顔がいい設定なのはわからないでもないけれど。あんなに美形なのに、ゲームのメインシナリオにまったく出てこないなんて、もったいないでしょ!
それとも、やっぱり隠しキャラだから、解説書に出てこないとか?
その可能性は十分にある。私は椅子に座り直して腕を組み、「うーん」と唸る。
その時、窓の外に稲光が走った。砦が敵の襲撃に遭って陥落するってことは、ここが戦場になるってことよね。もしかして、私ことジャンヌ・ド・クロエも、その時に命を落とすから、その後の結末がまったく明かされていなかったのでは!?
その可能性に気づいて、私は青くなる。
待って、待って、待って。それって、私の大ピンチでしょ!
ということは、私の運命はあのジュリアンと一連托生ってこと!?
「どうして、こんなめちゃくちゃなシナリオにしたのよ、公式~~っ! 一生、恨むからね!」
私は机に突っ伏して嘆く。それとも、この砦が陥落して命を落とせば、それが私にとっての正しいルートだから元の世界に戻してもらえるの? 私はただ、ここで死ぬ時が訪れるのを待っていればいいの?
「いやよ……そんなの……っ!」
私は机から体を起こし、顔を上げて目の前の汚れている石壁を見る。
死んだところで、戻れる保証はない。
だとしたら、何とか生き延びる方法を考えなきゃ。この砦から逃げる?
でも、それはきっとシナリオから外れる行為だ。その時に、私はどうなるのだろう。レリアとジルベール王子を結びつけるのが私の役割だったはずだ。その役割はこうして果たしたのだから、もうお払い箱よね。
私がどこでどう生きようと、物語には何の影響もないはず。
少なくとも、王都に戻ってレリアやジルベール、それに公爵家と関わらなければいいだけの話だ。できるだけ遠い場所で、ひっそり生きている分には見逃してもらえるのかも。
私は立ち上がると、腕を組んで部屋をウロウロと歩き回る。
それとも、ジュリアンが隠しキャラで、レリアがこの辺境の砦を訪れた時――があるかどうかは分からないけれど――出現するキャラクターなのだとしたら。
そう、例えば、ジュリアンはレリアと手に取り合って愛の逃避行の末に、どこかで生き延びるなんてルートがあるのだとしたら、その役目を私が担ったところで、現状のシナリオでは問題ないんじゃないかしら。
だって、今のところ、きっとレリアはジルベール王子と王都でよろしくやっているはずだ。となれば、レリアがこの辺境の砦を訪れる必要性はない。そなれば、その隠しキャライベントは発生せず、フラグも消滅する。
「そう、そうよ! このゲームは乙女ゲームなんだから。私がジュリアン王子に接近して好感度を上げまくり、一緒にこの砦から逃亡すれば、彼も死なずにすむし、私も巻き込まれて死ぬことはなくなるはず! 完璧な作戦じゃない!」
私は見えてきた一筋の希望に、ニンマリして手を打った。
そうとなれば、さっそく作戦を立てなくちゃ。
椅子に座り直すと、日記帳を開いて『極秘陥落作戦』と書いていく。
まずは、情報収集が必要よね。ジュリアンについて、もっと色々と調べなきゃ。私は思いつくことをメモとして書き記していく。
今までバトルゲームや格闘ゲームばかりしていたけど。乙女ゲームも意外と面白いものじゃない? とりあえず、私のやるべきことは、自分のスキルを上げて、かつジュリアンの好感度もガンガン上げていくこと。
だって、私の運命は彼にかかっていると言っていい。
彼が死ななければ、私も何とか死なずにすむかもしれない。そこに望みをかけるしかない。私はそう決意した――。
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