第一章 4 辺境の砦にて
フロランティアス王国、ルバントールの砦――。
隣国イブロアとの国境に建つ堅牢な石積みの砦は、フロランティアス王国の重要な防衛拠点の一つであった。
日暮れになると風が強まり、外は雨が降っていた。部屋の中で話をしているのは三人の青年だ。そのうちの一人は裾の長い紺色のローブを着た青年、もう一人は赤い髪をした額に傷のある青年だ。残る一人は、椅子に仰け反るようにして座り、灯りが眩しいとばかりに顔に開いた本を載せていた。
ローブの青年、アルセーヌ・ルドアは、「王都より、護送されてくる者のリストです」と、書類や本が散乱している机の上にリストを置く。それに手を伸ばしたのは、赤髪の青年だ。歳は二十歳そこそこだが、彼は将軍という役職にあり、マルセル・デュランという名前だ。
「たった四人かよ……王都のやつら、今回は随分、気前がいいじゃねえか」
マルセルは片手を腰にやり、皮肉を込めてフンッと鼻を鳴らす。
「このルバントールは、フロランティアスのゴミ溜めですからね。好んで志願してくる優秀な兵などいるわけがありませんよ」
アルセーヌはリストに目を通しているマルセルを横目で見て、諦めたように答えた。
ルバントールの兵はわずか数百名だ。隣国の侵攻を阻むにはあまりにも少ない。度重なる戦闘によって、死者や負傷者も多い。そのため、ルバントールに送られた兵は、生きては王都に戻れないと噂にもなっている。何度も国王に兵員の補充を嘆願しているものの、毎回送られてくるのは数名。
それも、ほとんどが罪人か、税金を払えずに労役を課せられた者など、厄介払いされたようないわく付きの連中ばかりだ。そのくせ、最初は威勢のいい荒くれ者も、三ヶ月と持たず戦場暮らしに耐えかねて逃亡を企てる。命令無視に、窃盗、ケンカは当たり前。中には仲間と結託して砦を乗っ取ろうと、暴動を起こす者もいる。
「この砦が陥落すれば、戦線は大幅に後退することになるでしょう。一度奪われた領土は、簡単には取り戻せないというのに……王都の者たちが安穏に暮らしていられるのもいったい誰のおかげだと思っているのか」
アルセーヌは神経質そうに眉間に皺を寄せる。
この砦の重要性を、国王含め、王都の重臣たちはまったくと言っていいほど理解していない。それとも、砦一つ落とされたところで自分たちには影響がないとおめでたい頭で考えているのだろうか。
本気で防衛する気がないとしか思えない。敵のイブロアの方が、よっぽどこの砦の重要性を理解しているようだ。イブロアはなんとしてでも、このルバントールを落とすつもりで兵を布陣している。
軍備も兵の数も、圧倒的に敵の方が充実しているだろう。現状、何とか持ちこたえているものの、総攻撃に打って出られればこの砦は一ヶ月と保たない。
「一度くらい、砦を放棄して撤退してやれば、連中も血相を変えるんじゃ……おおっと、こいつは面白いぞ」
リストを眺めていたマルセルが、顎に手をやってニヤッと笑う。
「お前の弟の婚約者が、送られてくるみたいだぜ」
マルセルは本を顔にかぶせているもう一人の青年にリストを向ける。その青年は、「ん?」と眠そうな声を漏らして顔から本を退け、椅子に預けていた体を起こした。
「ジャンヌ・ド・クロエって言えば、クロエ家の公爵令嬢様だろ。いったい、何をやらかしてこんな地獄の関所みたいな砦に送られてくるんだ?」
マルセルは青年にリストを渡しながら、愉快そうにきく。それに答えたのは、アルセールだ。
「どうやら、ジルベール殿下に婚約破棄されたとか……殿下がご寵愛なさっていたご令嬢を、階段から突き落とした罪で、五年の辺境送りになったそうです。ご令嬢は無事なようですが」
「アルセール、なんで、そんな話を知っているんだ?」
「ずいぶんと噂になっておりましたから。旅の者や行商が、あちこちで面白おかしく広めているようですし。まあ、滅多にないスキャンダルですから、庶民にはいい娯楽でしょう」
「殿下の婚約者から、一転、辺境送りの罪人か。なんとも愉快なお嬢ちゃんじゃねーか。しかし、どーすんだ? 公爵家で甘やかされ放題に育った、超我が儘なお嬢様だろ。それとも、使用人をゾロゾロ引き連れてやってくるのか? 面倒くせー。ここは王宮やお屋敷じゃねーんだ。そんな嬢ちゃんに来られても、邪魔にしかならねえぞ」
「それはないでしょう。公爵からも絶縁されたようですし。クロエ家も、浅はかな娘のせいで国王陛下や殿下の怒りを買いたくはないでしょう。もともと、問題の多いご令嬢だったようですし」
「洗濯か、料理番をやらせるにしたって、その辺りの村娘の方がよっぽど役に立ちそうだぜ」
マルセルはうんざりしたように顔をしかめる。
「あなたの妹、マリーの下につかせるしかないでしょうね。人手も足らないようですし……彼女なら、うまくやるでしょう」
「それはいいが、三日で音を上げるほうに賭けるぜ」
「最初から賭けになどなりませんよ」
アルセーヌは素っ気なく答えてから、リストを見ている青年に視線を移す。
「いかがいたしますか? ジュリアス」
ジュリアスと名前を呼ばれた青年は、「うーん」と悩みながら寝癖のついている髪に手をやる。
「……その護送の馬車は、いつ到着するんだっけ?」
「道中問題がなければ、明日の午後あたりかと」
「そういや、途中で渓谷を通るんだよな。最近、凶暴な野獣が出るって噂だし、砦に辿り着く前に餌になってんじゃねーか?」
「それなら……」
ジュリアスが重そうに腰を上げ、二人を見てニコッと微笑んだ。
「迎えに行ってあげないとね」
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