第一章 3 転生したのは

 最初に目に飛び込んできたのは、ドレスの裾を踏みつけて倒れそうになっている女の子の姿だった。 

 ああ、この子がレリア、この物語の主人公なんだと理解した直後、バトルゲームと格闘ゲームで鍛えられてきた私の体が反応していた。

 足を踏み出し、悲鳴を上げて階段から転落する彼女の細い腰に腕を回すと、グッと歯を食いしばってレリアの体を踊り場へと突き放した。


 体の向きを変えた私の目に映ったのは、踊り場にペタンと座り、目を見開いているレリアの驚いている顔だ。よかった、これであの子が階段から落ちる心配はない。なんて、ホッとしている場合じゃない。

 代わりに私は足を踏み外して、宙に放り出されている。


 あれっ、これってプロローグで読んだシーンじゃない?

 性悪公爵令嬢に突き飛ばされたレリアは階段から落ちるけれど、飛び出してきた王子ジルベールに抱きかかえられて無事だった。

 けれど、今、彼女の代わりに落ちているの私。ということは、王子は――。


 ゲームで鍛えられた動体視力でその一瞬、私は素早く状況を確認する。「クロエ嬢!」と、声を上げたのは王子だ。

 彼は階段の下であ然としたように、落ちてくる私を見上げている。

 あの様子では落下する私を抱きとめてくれる気はなさそうだ。レリア以外には随分と薄情な男ね。


 自力でこの状況を何とかしなければ、私は墜落することになる。それは回避したい。となれば、やることは一つ。思考を巡らせたのはほんの数秒。

 私は宙で一回転し、スタッと着地した。

(完璧な着地……)

 私は風船みたいに膨らんでいるスカートを片手でつかんだまま、フッと笑う。


 集まってきた人たちも、踊り場に座り込んでいるレリアも、王子のジルベールも、みんなポカンとしていた。私は曲げた片膝を戻して立ち上がると、スカートをパフパフと叩き、その手で額の汗を拭う。


「クロエ嬢……君は……」

 声がして、私はハッとする。踊り場の大きなステンドグラスの窓の外に稲光が走るのが見えた。そばにやってきたのは、イケメン王子のジルベールだ。驚愕の表情で私を見ている。


 ちょっと、待って!!

 今、この人、私のことをクロエ嬢って言わなかった? 

 クロエ嬢って、ゲームのオープニングに出てきた性悪公爵令嬢じゃない。

 私は思わず自分の顔を触って確かめてみる。

 あれ、なんか違う気がする。いつも洗顔している時と触り心地が。


 そうだ、鏡、鏡。私はスカートのポケットを確かめ、小さな手鏡を取り出した。それを恐る恐る目にすると、キツそうな目つきをした美人が映っている。


(誰なのよ――――!?)

 私の震える手から、手鏡が落ちてパリンと割れた。

 もしかして、初期設定を間違えたのだろうか。

 なんで、私が――公爵令嬢になってるの。

 この乙女ゲームどうなってるの? 

 しかも、VRヘッドはないし、どうすればこの世界からログアウトできるのかもわからない。


 私は両手で頭を抱えたまま、「うっ……」とその場に膝をつく。

 どうやら、私はプロローグ開始五分で物語から消える、公爵令嬢『ジャンヌ・ド・クロエ』なるキャラになってしまったらしい。


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