第一章 2 キュンキュン❤ラバースファンタジーとは
私の戦場はゲームの中だった――。
バトルゲームに格闘ゲーム、手当たり次第に何でもやった。ゲームで戦うことが私の生きがいで、唯一、熱くなれる場所だった。
普段の私は、ただの地味で面白くないモブキャラみたいな女だ。そんな私でも、ゲームの中なら注目してもらえる。チームメンバーと一緒にフィールドを駆け、数多の敵を蹴散らして、栄光の勝利を獲得する。その血が全身を駆け巡る感覚に、私は夢中になっていた。ゲーム配信なんかもやったりしていたから、私の名前はそこそこ界隈では有名だっただろう。
一瞬間前、ゲーム会社主催のオンライン・バトルゲームの大会があり、私も参加していた。この日はメンバーとの連携が上手くいかなくて、優勝を逃してしまい惜しくも準優勝。景品でもらったのは、過去に発売されていたゲームのソフトだった。
ワンルームのアパートに戻った私は、電気を点けバッグをテーブルに置いて、洗面所に向かう。シャワーを浴び、部屋着に着替えて戻ってから、ふとバッグに目をやった。
(そういえば……ゲームもらったんだっけ)
何のゲームだったのかまだ、確かめていない。バッグから取り出し、包装紙を外すとキラッキラのドレスを着た美少女と、イケメン王子が手を握り合って見つめているイラストがパッケージに描かれていた。タイトルは――。
「キュンキュン……❤……ラバーズ……ファンタジー……!?」
日頃私が絶対に手を出さない領域のゲームなのは一目瞭然。これは、どう見ても格闘ゲームや、バトルゲームの類いじゃない。
「こ、これは……もしかして、乙女ゲーム!」
私は戦々恐々として、パッケージを見つめる。後ろを確かめて見ると、『胸キュンしてね❤』とキャラクターのミニイラストがウィンクしている。簡単な解説に目を通した私は、「やっぱり、乙女ゲーム!」とのけぞりそうになった。
私は無類のゲーム好きだ。暇さえあればやっているオタクと言ってもいい。けれど、乙女ゲームは私の専門外。
これは私のような恋愛オンチの万年モブ女が触れても許されるものなの?
「でもこれもゲームなんだから。せっかくの景品を一度もやらずに、放置しておくなんてもったいないでしょ! とりあえず、一度くらい……プロローグくらいはやってみるべきよね」
部屋で独り言をもらしながら、私はデスクチェアにドカッと腰をかけた。
どうやら、これはVRゲームみたい。最新作?
VRヘッドをつけ、さっそくソフトを入れて起動してみると、華やかな音楽と共に『キュンキュン❤ラバーズファンタジー』という、かわいらしいタイトルが表示される。薔薇の花びらが画面いっぱいに舞っていた。
私は汗ばんでくる手を無意識に握っていた。
バトル開始前とは違うドキドキに戸惑いながら待っていると、お城のイラストをバッグにプロローグが始まる。
王国の名前は、『フロランティアス王国』。主人公は没落した貧乏伯爵家のご令嬢、レリア。レリアは社交界にデビューすることになるけれど、家が貧しく、ドレスは時代遅れのお古。
それでも、舞踏会のために、毎晩、毎晩、チクチクとドレスを手直しして、かわいらしいデザインのドレスに仕立て直し、素敵な出会いに心をときめかせながらお城に向かう。そこで、出会ったのが、ジルベール王子。二人は雷に打たれたみたいに、一目で恋に落ちる――んだけど、そこには大きな障害があった。
お決まりの展開だけど、王子には国王が決めた許婚がいた。その名も、ジャンヌ・ド・クロエ。公爵家で甘やかされ放題に育ったこの我が儘令嬢は、ジルベールとレリアの密かな恋心を知って、あの手でこの手で妨害をしようとする。
そして、取り巻きの令嬢たちと結託してレリアのドレスを笑いものにし、さらに階段に追い詰めて、彼女を突き落としてしまう。まったく、なんてひどい女!
私が一番嫌いなタイプのいじめっ子じゃない。レリアが美少女だから嫉妬したのね。確かにレリアは貧乏でドレスも継ぎ接ぎ――とは言わないまでも、お古だ。でも心は優しく、王子ジルベールに愛されるだけの素質は十分にある。
そのレリアを階段から突き落とすなんて卑怯だ。私がその場にいたら、公爵令嬢の高慢な鼻っぱしらをへし折ってやったところだ。
この場面を見ていた王子のジルベールが、レリアを抱きとめて事なきを得たものの、公爵令嬢はレリアを突き落とした罪により、王子との婚約は破棄。実家からも見捨てられ、五年間、辺境送りとされてしまう。
当然の報いね。善良なレリアにセコい嫌がらせをした罰よ!
その公爵令嬢がその後どうなったかは書かれていないけど、物語からは無事に退場。ここからがゲームの始まりってわけね。
レリアとジルベールの親密度を高め、無事にハッピーエンドを迎えればゲームクリア。ジルベールの他にも、色々イケメンキャラがご登場して、選り取り見取りなんて、羨ましいじゃないの。
「乙女ゲームも意外といいじゃない」
私はプロローグを読みながら、にんまりする。これはちょっと期待できそうだ。たまにはバトルじゃないゲームの世界を堪能するのもいい。
さて、ここからが初期設定画面。
ユーザーネームを入れればいいわけよね。
名前は――。
不意に停電となり、目の前が真っ暗になる。
私は「えっ、なに?」と、困惑してVRヘッドを外そうとした。
その瞬間、真っ逆さまに暗闇へと落ちていく。
「えっ、ちょっと、なに、なんなのよ――――っ!!!」
きらめくお星様が見える。ここは宇宙? ブラックホール?
これってゲームの仕様なの?
よくわからないけど、すごいじゃない。乙女ゲーム侮りがたし。
とか言っている場合ではなくて、私はどこに飛ばされようとしているの~~!
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