Episode 71 - 兄妹訓練生、ハシカミーズ
「――わたしが運転しますっ!」
教官の一喝を受け、駆け足で〈ビークル〉の運転席に乗り込むと、チーム全員が揃っているのを確かめてから、指差し確認をしてアクセルペダルを踏み込んだ。
高周波のエンジンが響かせてくる音も、瞬時に加速していく感覚も、
訓練とはいえ、これから救命現場に向かうところなのだから、高鳴る胸の鼓動は少し不謹慎だとは思う。けれど、まるで車体が自分の身体の一部に感じられるこの瞬間は、たとえようもなく大好きだ。
『アツタだ。通報者が負傷したのかは不明だが、現場からの通信が途切れた。涙幽者の情報は、ほぼ皆無と言っていい。現場で状況を把握し、的確に救命活動に務めてくれ』
「はいっ!」
(はやく助けてあげなきゃっ!)
涙を流しながら荒れ狂う涙幽者は、苦しいから暴れるのだ。
どうしようもなく身を焦がす想いが、体中を支配して、それ以外のことは考えられない。周りが見えなくなり、ただその想いを叶えようと必死になってしまう。
そんな涙幽者の苦しみが、なぜか一季には、自分のことのように想像できた。
具体的に涙幽者が何に苦しんでいるのかまでは、わからない。けれど、一季には、彼らが苦しんで助けを求めているのが、手に取るようにわかる。
だから一秒でも早く倒さないといけないし、自分がドライバーである以上、現着の時間を左右するのも自分に掛かっている。
「もっと飛ばすよ! みんなっ、つかまって!」
「マイ・ダーリン……俺様の三半規管、が……」
「エチケット袋、バックパック左に入れてあるから、出すならそこに出してよね?」
「さすが
「あ、ああありがと、勇義。わ、私はただ、皆のサポートになれたらって……」
「俺様以上にタフなクセして……おえっ」
パンッと、聞き慣れた叩く音が後部座席からし、また華南とテッドの二人がじゃれ合っているのだろうとわかって、一季は頬が緩んだ。二人の関係は、昔から変わっていない。一季に言わせれば、お似合いのペアなのだが、何年経っても距離感が変わらないのが不思議だった。
ふと、助手席に目をやると、〈ユニフォーム〉の着用に手間取っている勇義――兄と、目が合った。
「きょうもがんばろうぜ、カズ!」
そう〈ギア〉も掛けていない琥珀色の双眸が、力強く頷いてくる。
「うんっ、お兄ちゃん」
それだけで、一季は程良く肩の力が抜けて、前方を見る必要もなしに三叉路を右へハンドルを切った。
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