Episode 56 - 守るべきもの

 威療士の仕事は、一般的にチームワークが重要だと言われている。

 涙幽者の〈ドレスコード〉はもっぱら二名以上で取りかかるのが普通であり、その威療士を後方支援バックアップするメンバーとの連携も欠かせない。

 もちろん、救命現場には負傷者を含めた一般市民が居合わせることも多く、彼らの搬送や避難誘導、ときには崩壊した建造物の撤去も威療士の仕事に含まれる。

 ゆえに、コミュニケーションツールとしての通信が肝要だ。

 だから、異なるチーム同士であっても、現場に接近すると自動的に各威療士の通信がつながる〈リアルタイム現場情報共有通信O.R.I.C.S.〉システムが構築されている。特筆するまでもなく、その性能は折り紙付きであり、騒音が著しい救命現場において喉を枯らす必要はない。

 そんな〈オリクス・システム〉が、まるで作動していないとでも言わんばかりに、次のような雄叫びが辺り一帯に響き渡った。

「――オラオラァッ! 威療士チーム〈オニキス・バーガーOB〉サブリーダー、クラン・ベーコン様の登場だァッ!」

「うっさいってば!! あんたまた鼓膜、破る気?」

 炎を纏った涙幽者を相手に、その炎がかき消えるほどの暴風をぶつけ、すかさず〈ドレスコード〉の手順に入っていたリエリーは、キンキンと抗議の音を上げている耳に代わって苛立ちの言葉を叫び返していた。

「よお、“ヤンゲスト最年少”! 今日も絶好調みたいじゃんか!」

 上空、旋回を始めた三角の救助艇から、命綱ハーネスも付けずに飛び降りた恰幅のよい赤毛が、逃げ遅れていた市民へ迫っていたを拳で叩き割りつつ、大仰な仕草を返してみせる。

「いろいろうっさい。てか、“腹ぺこ”の腕、折らないでって、まえ言ったじゃん」

「なに言ってる。俺らの市民が危ない目に逢ってたんだ。助けるのが仕事ってもんだろ? ささ、お嬢さんがた、あちらに俺の船が停まってるから、チームメイトに手当てしてもらってくれよな!」

「危ないのはどっちもだってば。……特殊制装装着ドレスコード

 恭しく市民を避難誘導エスコートしている赤毛――ベーコンへの舌打ちをすんでのところで堪え、リエリーは、身体的にあり得ない方向へ曲がった片腕を気にする素振りもなく咆哮する涙幽者の背後に回り込む。

「お、相変わらず、容赦ないな! 背中からグサリ、か! ゾッとするな!」

「正面よりこっちのほうが負担が小さい、って言ってもあんたには理解できないもんね」

「いーや! わかるぜ? “戦錠バトルロック”の十八番、背側穿刺術だろ? ま、頭じゃわかってても、なかなかできるもんじゃないんだけどな! そういや、バトルロックはどうしたんだ。応援要請を受けたんだけどな」

 腹の底から出ているらしい大声量を撒き散らかしつつ、ベーコンが周囲へ首を巡らせる。

「……ルー。ホイストして」

 そんなベーコンの言葉が聞こえなかったフリを貫いていると、リエリーの頭上に見慣れた機影が被さってくる。

『お疲れさま、レンジャー・ベーコン、〈OB〉の皆さん』

「おう、“機母MM”さんか。こっちこそ、到着が遅れて悪かったな! 〈コーラル・サラダ〉チームもじきに着くそうだ!」

『助かるわ。それなら、現場は皆さんに引き継いでもいいかしら。うちハレーラの医務室、もう満床なのよ』

「ちょっとルー!」

「そうか! なあ、リーダー! いいだろ?」

『……構わん。だが、この案件、われわれが記録させてもらう。異存はないな、〈CL〉リーダー』

『ええ、〈OB〉リーダー、レンジャー・バスク。構いません』

『R.A.I.ではなくセオークの了承を聞きたい』

「ちょっといい加減にしてよ! ルーはウチの――」

『――すまん、負傷者の手当てをしていた。レンジャー・バスク、本件は正式にそちらへ委譲する。頼めるか』

『……了解した』

 リエリーの頭上を通り越えて一方的に進められていく、事態の収拾。それだけでなく、仕舞いには聞こえるはずのないセオークの言葉までがイヤコム越しに届けられて、リエリーは〈グローブ〉を着けている手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握り締めていた。

「よし! あとのことは任せろ! じゃな、“ヤンゲスト”!」

「……ルー、いったいどういうつもり? ロカがいちばん〈ドレスコード〉したのに、みすみす横取りさせるとか――」

『――はやく乗って、エリーちゃん。マロカの容態がよくないわ』

「っ?!」

 沸点が近かった怒りが瞬時に冷め、リエリーは愛用のホバーボードを置き忘れていることさえ頭から飛んでいた。

 そうして即座にユニーカを駆ると、方向転換を始めていた〈ハレーラ〉の屋根へと飛び乗った。

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