Episode 55 - 戦錠が倒れても
胸騒ぎはあった。
ただ、その纏わり付くような嫌な感覚が、朝の
正確に言えば、感覚が鈍っていたのだろう。
動揺、などという言い訳は嫌いだったが、結果から見ればそう認めるしかない。
「――ロカ!」
だから全速でホバーグライダーをかっ飛ばし、ユニーカが入り乱れる渦中へ飛びこんだとき、膝を突く茶黒い巨躯の姿が目に入って、リエリーの思考は一瞬の空白を得ていた。
おそらくはセオークも感知していただろう肉薄する氷の波を、己のユニーカで吹き飛ばしていたのは、ほとんど無意識のことだった。
「起きて、ロカ! どうしたの!?」
かろうじて大地へ倒れ伏せる直前の懐へ滑り込み、明らかに意識のないその頬を叩く。巨体の重量が全身にのしかかり、自動でアシスト機能を動作させた〈ユニフォーム〉から警告が〈ギア〉へ届けられるが、煩わしくて投げ捨てていた。
「そんな……っ。なんで……」
頭が真っ白になった。こんなことは初めてだった。
どんな激戦を涙幽者と繰り広げようと、決してセオークは膝を折ることはなかった。
壮年の終わりに差し掛かる年齢だというのに、
リエリーとて当然、養父がいつまでも堅硬ではいられないことくらい、頭の片隅には置いてあった。
年齢のことだけではない。
セオークのその身体が爆弾を抱えていることは知っている。
互いにその話題を避けてきた節があるのは否めないが、それでもセオークが威療センタでカーラ威師の定期検診を受けた日には、その結果を欠かさず尋ねた。
だから、想像したことすらない、ぐったりしたセオークを前にして、リエリーは動けないでいた。周囲の色も、音も、匂いも、遠い世界のように感じられて、リエリーは覆い被さるセオークの体をただ背負って浅い呼吸を繰り返していた。
「――しっかりなさいっ!!」
そんなリエリーの頬を、固い平手打ちが容赦なく打って、ようやくリエリーは焦点の合わない目をそろそろと上げた。
「……ルー……?」
「ええ、そう。
見慣れた乳白色の正十二面体が、ほとんど見たこともない真顔の顔文字を筐体に浮かび上がらせて、救命活動中の言葉遣いで尋ねてくる。そうして、セオークの体を支えているほうとは別の
「……バイタル正常。反転感情と脳波も安定」
ルヴリエイトに指摘されるまで、基本中の基本を失念していたことが思い出され、リエリーは己の失態に腹が立った。その怒りがエネルギーとなって、呆けていた思考を蹴り上げる。
「ワタシのデータとも一致します。レンジャー・ジョイナー、このことが意味することはなんですか」
「ロカ……レンジャー・セオークが意識を失った原因はわからない。けど、いますぐ命にかかわる状態じゃない」
「同意します。威療センタでドクター・ハフナイアが待機しています。ドクターなら、原因を突き止めてくれるでしょう。それで、レンジャー・ジョイナー? 指示を」
乳白色の
同時に、周囲の音が戻り、いくつもの咆哮や破壊の音が、切迫した状況を伝えてきている。
(しっかりしろ、ジョイナー。救命活動中だよ。こんなときロカなら、どうする?)
浅かった呼吸を、意識的に鼻から深く吸い込み、口からゆっくり吐き出す。
思考はとうにフル回転を取り戻し、威療士として為すべきことの長大なリストを己に突き付けている。あとは、それを実行するだけだ。
「ルー。ロカを〈ハレーラ〉に運んで。いちおう、“
「了解。しっかり見張っておきます」
「よろしく。んじゃ、あたしはいつもどおり、“腹ぺこ”の命を救ってくるよ」
「もぅ、その呼び方はいけませんっ。……気をつけてね、エリーちゃん」
セオークの巨体を軽々と持ち上げたルヴリエイトへ、リエリーは確かなうなずきを返してみせる。
息こそあれ、微動だにしない養父のことは気がかりで仕方なかった。が、自分にはすべきことがある。
(ここで救命活動を放りだしたら、ロカに会わせる顔がないし)
落ちつかせた呼吸を全身へ回すイメージを描き、そこにユニーカ行使の高揚感を乗せていく。ほとんど同時に手首へ装着したダイヤルを限界まで捻じきると、【〈ユニフォーム〉身体強化モード出力最大】という通知が〈ギア〉に返った。
「あんたたちの相手は、あたしだってのッ!」
ホバリングしている救助艇へと戻っていく
まさか天敵に等しいセオークのユニーカを警戒したうえでの行動ではないだろうが、どちらにせよ、自分の目が黒いうちは指一本、触れさせるつもりはない。
「さあてと。――
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