Episode 39 - 覚悟のユニーカ

「――新人。リーダーから許可が出たぜ」

 傍から、そんな先輩威療士の言葉が聞こえた頃には、既にデレクの用意は済んでいた。

微少再構成ミキシング、開始」

 途端、鋭い耳鳴りが、頭痛となって脳を焼きはじめる。

(やっぱ、キッツいわ……)

 デレクのユニーカは、視界に収めた対象物の構造を分析し、組み換える能力だ。デレク自身、これを“パズルのピースを組み換える”ようなものだと認識していた。アカデミー入学前のユニーカ診断の際に受けた説明の使い回しだ。

(もっとうまくなって、いつか……)

 その原理はデレク自身にもさっぱりわからない。そもそも、人が個有能力ユニーカを行使できる明確な理由は、ほとんど解明されていないと、デレクはアカデミーで聞いた覚えがあった。

 仕組みなど、デレクにはどうでもいいことだった。

 肝心なのは、自分のユニーカでという点のみ。


 ――だったらヒトにも使えるっすよね?

 ――人体も物質によって構成されている以上、理論的には可能、と言えるだろう。ただし。言うまでもないことだが、人体の物理的構造の複雑さは石や繊維の比ではない。第一、倫理面から考えてまず不可能だ。


(できるかもしれねえってなら、それで充分)

 視界内に捉えた幾多もの枝を、燃えるように熱い目で解析すると、確かにマイクの言った通り、枝ではなかった。植物の枝なら無数の細胞が見えるはずだが、今デレクが認識した構造は、鉱石のそれに近い。言ってみれば、立体パズルのようなものだった。

(これなら、いける)

 そのパズルの“継ぎ目”を探しては断ち切っていく。植物の細胞に比べれば遙かにシンプルな構造とはいえ、数が数だ。デレクの脳はその処理で既に悲鳴をあげていた。

(耐えろっ、オレ! こんなんじゃ、ぜんっぜん足りねぇぞ! あいつを元にもどしてやるんだろっ!!)

 思考の端に圧縮された焦りが、ジリジリと心を焦がしていた。

 、こんなところで立ち止まるわけにはいかなかった。

 もっと強く、多く、正確にユニーカを操れなければいけない。

 そうしなければ、彼女を救ってはやれない。

「ウォォオオオー!!」

 知らず、力む声が漏れていた。視界に入った枝もどきは次々と霧散していたが、ユニーカを止めるつもりはなかった。

「もういい、新人! それ以上はおまえの体がもたねえぞ!」

「いいんや、まだ、っす……この枝を根元からバラすまでは……っ!」

 枝もどきを辿っていけば、いずれ涙幽者本体に行き着く。そこでユニーカを断ち切ってしまえば、この“枝攻撃”は完全に止まる。

(あいつを……フェイだと思ってやれ)

 即時発動型の自分のユニーカでは、人体で試す《テスト》わけにいかない。あの医師が言ったとおり、人の体は、昆虫や小型の哺乳類とはわけが違う。試す機会を少しでも増やさなければ、とても腕を磨けはしない。

 いつしか周囲の音が消え失せ、デレクは神経に走る電気信号さながら、涙幽者のユニーカを遡上していた。

(あれが本体か!)

 融合した五感が、表現しがたい超感覚となってデレクに情報を伝えてくる。その感覚の根源は、激しく波打つ大波のようであり、戦場に飛び交う銃声のようであり、それでいてどこか、母の胎内にいるような原始的な安らぎを覚える不可思議なものだった。

 枝のユニーカは、その力強い感覚に巣くうように四方へと拡散している。となれば、この感覚そのものを再構成ミキシングすれば、全て終わるはずだ。

(これで終わりだ――)


 ――パパ! おしごと、いってらっしゃい!

 ――ほら、あなた。ネクタイ、曲がってるわよ?


「――っ?!」

 再構成ミキシングのトリガーを引く瞬間、ふいに身に覚えのない声が聞こえた。その声は、デレクに温かさを伝え、満たされた安堵を届けてくる。

(涙幽者の……記憶、なのか……?)

 複雑な出自を持つデレクには、味わったことのない温かさだった。戸惑いと同時に、この温かさを消してはならないという強い直感がデレクの手を止める。

(けど、バラさないと、チームが……っ)

 物質世界を超越した世界の中で、デレクはもう一度、ユニーカへ手を掛ける。


 ――幸セにナって。


「――っ」

 震える手で、トリガーを引いた。

 その照準は、声が届いた方向をわずかに逸れ、感覚の根源にまとわりついていたユニーカの塊を撃ち抜いた。

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