Episode 40 - 父、トーマス

「――今です! デコイを撒いて!!」

 タイラがつかんできた瓦礫を、ユニーカを使い即席で“高栄養食ピザ”に造り替える。その最後の一個を枝に放り、アシュリーはフラつく頭を振って指示した。

 既に他のピザは、タイラによって枝で邸宅の至る所にばら撒かれてある。屋内にいる涙幽者の数は4だったはずだが、今しがた〈ギア〉が1体の生命停止を告げてきていた。

(全員は、無理だったか……っ)

 救える命はすべて、救う。

 威療士としてのその使命感が、アシュリーの心に鋭い悔恨の痛みを突き刺してきていた。

 だが、失われた命を惜しんでいる時間はない。

 今は一人でも多く、残った命を救うことに集中しなければならないときだ。

「食いついたようです。では事務官、いいですね? ただちに直心穿通を――」

「ヤクソクシロ――ムスコニ――テヲダサナイト――」

 刺した足をキリリと締め付け、タイラがそう念を押してくる。漏れ出そうになる悲鳴を堪え、ただ「……最善をつくします。いきますよ」と答えた。

 タイラはまだ何か物言いたげだったが、躊躇せずアシュリーは持っていた〈ハート・ニードル〉をその乾いた胸板の中央へと、突き刺した。

「――――」

 これまでで最も盛大な咆哮が上がり、タイラの枝が荒れ狂う。一瞬でアシュリーは体を持ち上げられ、背中を強打、叩き出された息を吸い込む間もなく、眼前に瓦礫が散らばる床が迫った。残った体力を身体強化のユニーカ行使に回し、衝撃に備える。

「っ――」

 と、唐突に足を貫く感覚が消え失せた。

 理由を考えるより早く、アシュリーは不格好ながら受け身を取って床に転がった。

「事務官!」

 ガレージ中に伸び交っていた枝が、砂が散るように霧散していた。それはタイラの巨躯にも及び、体中に生えていた細枝まで解け消えていっていた。

 原因は、考えるまでもない。新人デレクのユニーカだ。対象を“再構成”するというそのユニーカを実際に目の当たりにするのはこれが初めてだったが、間違いなくその作用だと断言できる。

「事務官! タイラ事務官! しっかりしてくださいっ! 眠っては駄目だ!」

〈ギア〉のバイタルが心停止を告げ、アシュリーは感覚のない足を引きずって駆け寄る。蘇生処置でどうにかなる類いの状態ではないと理性が伝えていたが、手を止めるつもりはなかった。

「……トーマス、ダ」

「事務官?!」

「レンジャー・キム……。ワタシハ、辞職、シタンダ。ダカラ、トーマスと、呼んでほしい」

「っ……! ええ、わかりました、――トーマス。お帰りなさい」

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