Episode 35 - 至上のPIZZA
――時間は、ティファニーが囚われた直前へ遡る。
「――アの子のセいじゃナい……わタしが……わタしがもっと、しッカり鍛え、テいれ、ば……」
〈
「サマンサ! アシストを頼みます! ボクがドレスコードを!」
「――ボス! ティファニーのバイタルが!?」
一刻の猶予もなかった。
二つ以上のユニーカ――複合型を顕現させた涙幽者の危険度は、単独型の場合とは比較にならない。単独型でも周囲に破壊を振り撒く涙幽者のことだ。二つの
周囲は住宅地であり、時刻はこれから人々が活発に動き始める早朝と来ている。
(パニックが広まれば、手がつけられない……)
ただでさえ、増加の一途を辿っている涙幽者に対する不安や恐怖が広がっているこの時勢で、避難要請を出せば間違いなく、人々はパニックを起こす。そしてパニックを起こした人の感情は容易く反転し、そこから先は、文字通りの地獄絵図が待っている。
(あのときのようなことを、繰り返してはいけない)
戒めとして、あえて忘却の彼方へ追いやらず、日頃から思考の片隅に置いている、その光景。
触れるだけであらゆる感情の奔流に押し潰されてしまいそうな記憶を、アシュリーは積んだ鍛錬の力を借りて再び頭の片隅へと押し戻した。
「行ってくださいっ。ここは、ボクが引き受ける」
「でもボス――」
「――これは命令です、サマンサ。チームメイトを失うのは二度と御免だ。でしょう?」
「……ラジャー。気をつけて、ボス」
「ええ、あなたもです、よっ!」
再びサマンサを狙った枝の穿刺を払い除け、チームメイトの退路を確保する。次々と襲い来る凶器と化した木枝を捌きながら、アシュリーは首筋を伝う汗を自覚していた。
(手数が、足りない……っ)
涙幽者を中心に押し寄せる枝の数が、急激に増えていた。制御が甘いせいか、大半が見当違いの方向へ飛んでいるのは幸いなことだが、そうやって壁や天井を易々と穿った枝の威力を目の当たりにしていると、そう楽観視もしていられない。
触れれば致命的になるだろう無数の枝をくぐり抜け、〈直心穿通〉する。
シンプルだが、あまりも難易度が高いミッションを再確認し、ついアシュリーは苦く笑ってしまう。
「出し惜しみは……できそうにありませんね」
床と壁を支点にし、複数の枝を躱す。
そうして腹をくくる時間を稼ぐと、アシュリーは短く息を吐いた。
「――リーダー・アドミンコマンド。〈ユニフォーム・レギュレーション・リリース〉」
【生体認証確認。一時的な制限解除を許可】
今、ここで涙幽者を、
それだけに意識を研ぎ澄ませ、アシュリーは全身へ行き渡った昂揚感にただ、溺れる。
「
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