Episode 34 - 涙幽者タイラ

 先に船へ戻ったら、というエドゥアルドの提案を、ティファニーは頑として聞き入れようとしてくれなかった。

「私には、見届ける責任があるから。――最後まで」

 そう硬い声音で口にしたティファニーの顔色は、ほとんど真っ白だった。正直、そんなティファニーをへは連れて行きたくなかった。

 ただでさえ負傷しているうえに、涙幽者の無力化を聞いたときの狼狽は尋常ではなかった。エドゥアルドがいなかった間に、何かがあったのは違いない。

 聞き出したい衝動はなんとか、堪えた。話したくなったときに聞けばいい。

「サマンサ。トゥルーをおねがい。すぐもどるから」

「けど……」

「大丈夫。ぼくがついていくから」

「……オーケー。じゃ、さきに行って待ってる」

 それ以上、引き留めてこないチームメイトに心の中で感謝しつつ、エドゥアルドはティファニーを伴ってタイラ邸の裏側へと足を向けた。

「よぉ、お二人さん。ケガしたってさっき聞いたぞ。無茶すんなよ?」

 裏庭では、にまみれたマイクが自分たちの姿を見て取って、そう軽く肩を叩いてきた。

 辺り一面には枯れ色の破片が散り、抉れた地面があちらこちらに覗いていた。まるで森林を伐採した後のようだが、マイクの〈ユニフォーム〉の細かい傷や〈ギア〉を跳ね上げた顔の引っ搔き傷は、先刻まで激しい戦闘が繰り広げられていたことを示している。

 そんな陥没の傍で、大の字になっている人影を認め、エドゥアルドはしゃがみこんで〈ユニフォーム〉の胸のあたりを突いてみた。

「生きてるかい? デレク」

「はぁっ……かつがつってとこっすかね。しばらく寝たいっすけど」

「残念だけど、まだ朝だよ? 撤収作業が済んだら、出発だ」

「ういっす」

「――なんで」

 背後からティファニーの声が届いて、エドゥアルドは振り返った。そこには張り詰めたティファニーの表情があって、次の瞬間、その双眸が黄金色に色付いた。

「なんでっ! 面倒だからって、涙幽者を殺すわけ? あんたそれでも威療士?」

「よすんだ、ティファ!!」

 逆立ったライムグリーンの髪から紫電が閃き、倒れていた新米デレクの周囲の地面に焦げ跡を付けていた。とっさに割って入ったエドゥアルドにも、ティファニーのユニーカは容赦なく猛威を振るい、ダメージを受けたことを〈ギア〉が警告してくる。

「なにすんすか! これも指導だっていうんすか!」

「指導? 人殺しに言うことなんてないわよっ! とっとと〈ユニフォーム〉脱いで帰って!」

「何やってる! 落ちつけ、二人とも! をイチにするつもりかっ!」

「なんでマイクも止めなかったのよっ! 私、トゥルーに約束したのに……っ」

「――アノ子、ハ、無事、ナノ、カ」

 唐突に耳へ届いた、特徴的な嗄れ声。

 ほぼ全員が反射的〈ハート・ニードル〉を抜き放って、声の方角へ照準を合わす。

「――そこまで。皆、針を降ろしてください。彼なら、問題ありません」

「……おいおい。リーダー、そいつぁ、どういうこった?」

「その人って、ボス、もしかして……?」

「ええ。タイラ事務官です」

 怒りで震えていたティファニーが、「へ?」と間が抜けた声をあげる。

 つかんだティファニーの肩を放しながら、エドゥアルドは、自分も他人のことを言えないような表情になっているんだろうな、と思った。

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