Episode 33 - ルーキーの決断
背後を確かめている暇はなかった。
「――目をつぶってて!」
叫ぶようにトゥルーに言い置き、その頭を自分の腕でしっかりホールドして脚に力を込めた。〈ユニフォーム〉が故障していたら、というティファニーの心配は、瞬時に全身を締め付け、加速した挙動によって霧散する。
(グリィ89……ううん、アラン……)
結局、彼から聞き出せた情報はそう多くなかった。状況を考えれば、威療士として、多少強引にでも子細を聞き出すべきだったのかもしれない。ここで躊躇したことが、後で仲間や他の人間に危険が及ぶことにつながる可能性だってある。
(アランは、心からこの子たちを、この家族のことを愛していた。彼の思いをムダにしたくない)
考えなければならないことはたくさんあった。
けれど、今はそのすべてを脇に置いて、走るときだ。
「――――」
後方から、幾重にも重なった涙幽者の咆哮と、床を震わす振動が伝わってくる。〈ギア〉が涙幽者出現のアラートを吐き続けているが、接近警報は鳴らない。つまりは、アランが涙幽者の足止めをしているということだ。彼のユニーカが何かまでは分からず仕舞いだったが、どれほど強くても、複数の涙幽者を相手にできるものではないだろう。
ティファニーの腕の中で、トゥルーは「アラン! もどって!」と泣き喚いていた。掛ける言葉を見出せず、ティファニーはただギュッと、その小さな体を抱き締めた。
「――ティファニー!」
「エド?! サマンサ!? 二人してどうして――」
「――どうして、じゃないでしょーが! 傷は? サマンサお姉さんに見せて!」
言い終わるより早く、チリペッパー色のパンチパーマが抱き着いてくる。その目尻に光るものが見えて、ティファニーは胸にこみ上げるものを感じた。つーっと視線をエドゥアルドへ移すと、広げた腕をさっと仕舞うところだった。その仕草が愛おしくて仕方なかったが、飛びこんでいきたい気持ちを抑え、唇の動きで『あとでね』と伝える。はにかんだエドゥアルドは小さく頷き返してくれた。
「あら、この子は?」
「トゥルーよ。ちょっと遊んでるうちに、ね。トゥルー? あのお兄さんはさっき会ったよね。こっちのお姉さんは、サマンサ」
疑問の色が浮かんだのも束の間、サマンサはトゥルーに目線の高さを合わせると、「ティファちゃんはケガしちゃったから、アタシが抱っこしてもいい?」と尋ねていた。
『ティファニー。その子は』
『わかってる。でも、お願い。私に時間をちょうだい』
サマンサの影からすかさず飛んできた、エドゥアルドのハンドサイン。その手に、〈ハート・ニードル〉が握られているのが見えて、ティファニーは軽く首を横に振って押し止めた。トゥルーへ交互に目をやったエドゥアルドは、『けど、そのときは躊躇わないよ』とハンドサインを返してきた。
「二人ともありがと。リーダーたちは?」
「ボスが見てこいって。ボスー? 生きてる?」
『ええ、なんとか。ティファニーは、無事ですか』
「すみません、リーダー。通信できなくて。私は大丈夫です。要救助者の未成年者1名を確保」
『グッジョブ。無事でよかった。では、状況を立て直しましょう。いったん、救助艇まで退いてから――タイラ事務官!?』
「リーダー?!」「ボス!?」
その言葉を最後に、リーダーからの通信が途切れていた。〈ギア〉に負傷の警告が出ていない以上、不意打ちを受けたとは考えにくかったが、不測の事態が起こったのは間違いない。
全員でガレージへ向かうべく走り出したとき、ふと別の通信が耳に届けられた。
『――はあっ……はあっ。こちら、デレク。対象を沈静化。きっつ』
「……ルーキーくん?」
『ホントにやりやがったよ、新米。座って休んどけ』
「マイク、何があったの?」
『おう、無事か。新米がユニーカを使ったのさ。おかげで涙幽者は、木っ端微塵だぜ?』
「そん、な――っ!」
膝から力が抜けていく。
とっさにサマンサが抱きかかえてくれたトゥルーの顔を、ティファニーは見上げることができなかった。
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