Episode 32 - 刻限の脈動
「――っ!」
心臓が弾けそうだった。
耳の奥でドクドクと激しく脈打つその音が、まるで刻限を迎える間際の爆発物に感じてくる。
(ティファニーを探さないと!)
それでも辛うじて膝を突かないでいられたのは、やはり彼女の影響なのかもしれない。あのとき、決してエドゥアルドを置き去りにしようとしなかった彼女なら、こんなところで膝を屈するはずがない。
「血痕を追跡。ティファニーを……レンジャー・ロドリゲスの痕跡を算出」
嗄れた声を絞り出し、エドゥアルドは束の間、瞼を閉じた。浮かんだライムイエローのツインテールをそっと思考の隅へ押しやり、深呼吸に努める。
威療士を続けると、決めたのは自分だ。
だったら、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「……乾いてるな。時間が経ってるってことか」
目を開くと、耳の奥の時限爆弾はずいぶんと鳴りをひそめていた。もう一度深く息を吐き出し、しゃがんで赤黒い染みへ手を伸ばす。察知したグローブが自動で格納され、直に指先が触れたその感触は粗かった。続けざまに〈ギア〉へ、解析結果の追加報告が届けられる。
「ティファニーが〈ユニフォーム〉を外した時間よりあとの血痕? 〈ユニフォーム〉を外して、どうするつもりだったんだ、ティファニー」
威療士にとって、〈ユニフォーム〉が唯一にして最後の保護衣であることくらい、エドゥアルド以上にティファニーは知っているはずだ。その保護衣を自ら外すような事態は、そうそうあるものではない。
「だれかを、助けようとした……?」
室内を見回し、己の推測への確信がますます高くなる。
ティファニーは、玩具を取りに引き返した幼い男の子――トゥルーを追いかけていった。その途中で何か不測の事態に出くわしたとすれば、男の子を守るために〈ユニフォーム〉を渡したとしても不思議ではない。
「けど、屋内に涙幽者反応はなかったし、ガレージにはリーダーたちが向かってる。……あれ? これって!」
カラフルな色調の部屋に不釣り合いな、黒い毛束。記憶を辿っても、この家でそんな毛を纏うペットの気配はなかった。
危うく見落とすところだったそれを、戸棚の足元からつまみ上げ、指先でこすってみると、案の定、独特な硬い感触が返った。
「……涙幽者の毛に間違いない。けど、どこに――」
「――ティファちゃん!!」
豪快な爆発音を伴って、部屋の壁が穿たれる。勢いに弾き飛ばされつつも、とっさに〈ニードル〉へ手が伸びたのは、鍛錬の賜物だった。
「さ、サマンサ!?」
「あ、ベジーじゃん。なにしてんの? やだ、もしかして小さい子の部屋を物色して……」
「ちがうって! サマンサもティファニーを探しに来たんだよね? 壁は壊さなくてもよかったんじゃ……」
「なにいってんの。チームメイトの一大事じゃない。壁の修理代なんて、ブランドンのお小遣いから引けばいいの。で、見つかった? ティファちゃんの負傷警告が届いたもんだから、ボスが行けって。……って、それ、涙幽者の髪?」
「ううん。うん」
「どっちよ。はっきりしなさいよ」
「ティファニーはまだ。けど、ティファニーの血ならあった」
「えぇっ!? じゃ、なんで突っ立ってんの! アンタのユニーカでさっさと探してよ!」
「さっきからやってるよ。けど、何かに遮られてるっていうか、反応が返ってこないとこがあって」
「どこよ?」
エドゥアルドが答えるまでもなく、特徴的なその物悲しい咆哮が空気を震わしていた。
「――――」
続けてサマンサの破壊に比べるべくもない轟音が、足元を揺らす。同時に、耳を塞がれていたような違和感が消え失せ、それらの気配が一気にエドゥアルドの聴覚を満たした。
「サマンサ!」
「いくわよっ、ベジー!」
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